ふともも派とひざ派
「ちょっとね〜、君に見てほしい写真があるんだけど〜。」
嫌な予感がする。こういうふうにわざわざ写真を見せてくるということは、あいも変わらず変なことなのだろう。彼女の言動は3回に2回は彼女の身の回りの人しか理解できない、「何いってんだ、こいつ」という話だ。電車の中で声を荒げたくないんだけど。そして、その直感は当たった。
「見て!このふとももを!」
彼女が写真を見せてきた途端、電車が動き出した。よろつく彼女を倒れないように支えながら、止まってしまった俺の脳を必死に動かした。
なぜ彼女がドヤ顔をしているのか、気になったが、一旦それは置いておいた。目の前にある下半身の巨大模型のほうが一層おかしいからだ。
「このライン!この美脚ライン、めっちゃきれいじゃない?」
「いや、わからんのだけど。というか、どこで撮ってきたん?」
これに関しては俺だけがわからない可能性は全然ある。度々、思うが俺は人と美的感覚がズレている気がするからだ。
「ここだよここ!めっちゃすごくない?!めっちゃ惚れ惚れする〜...」
コイツ...俺の話を聞く気全くねぇな。まぁ、いつものことか。それもそれで苛つくけど。
「いや、だからどこで撮ってきたんかって?」
「えーっとね、万博行ったんだ〜。めっちゃ、楽しかった!といっても、人が多くて全然回れなかったんだけどね。で、回った中でこれが一番すごかったんだよ!」
あぁ、なんか言ってた気がする。もっと他に面白いものはあったんじゃないか、と思うが、感覚がズレている俺達にそんな質問は意味ないか。水掛け論になることが目に見えている。わざわざ万博側がこの模型を置いたことも気になるが。
「うん。それがどうしたん?」
もう、意味がわからない。俺は、一昔前の問題解決能力を引きずっている人間だ。ちゃんとした答えが返ってくると思っていたが、すっかり、彼女がおかしいことをこのとき失念していた。頭上では次に止まる駅名の放送が流れていた。
「この美脚ラインがひざでちょうど切ってるのよくない?」
「は?」
意味がわからない。どこが良いのだろう。まぁ、美的センスのない俺が言ってもいみないけど。
「やっぱりね〜、ふともも派とひざ派はきのことたけのこ戦争ぐらいだと思うんだよね〜」
「いや、違うやろ。」
俺が戸惑っているのを聞いていなかったかのように、喋っている。しかも、俺の聞き慣れない単語を並べながら。
いくらなんでも飛躍しすぎてる上、流行りに疎い俺ですら聞いたことある、きのことたけのこ戦争と初めて聞いたふともも、ひざ戦争。言うまでもなく、後者は彼女が作り出したものだろう。俺の否定も虚しいことに、
「ちなみに、君はどっち派?私は断然ひざ!」
と完全にスルーされてしまった。彼女は喋り始めると人の話を聞かない、というよりまともに取り合う気は無いだけか。というか、さっきまで太ももをべた褒めにしてたくせに、どんな手のひら返しだよ。やっぱり、彼女の言動は一から百まで理解不能だ。まぁ、油と水みたいな関係なんだろうけど。
俺が喋らないでいると
「ほら、君も、ひざ派になろうよ!」
「いや、どっち派でもねぇよ。てか、どっちでもええわ。」
これ、彼女の友達がいなくてよかった。俺の精神が異常に消耗される未来しか見えなかった。心のなかで勝手に胸を撫で下ろす。
「太もも派も多いけどねぇ。もし、君が太もも派なら敵だね。」
言葉では優しそうなのに、目は親の仇を目にしたような隠れた感情をはらんでいた。俺にとっては心底どうでもいいのだが。
「はぁ〜、どっちでもええやろ。まぁ、確かに太もも派の方が多そうやな。」
部位の大きさ的にも太ももの方が大きいし、機能的に目立つのも見た目的に目立つのも、太ももの方が多いと、俺の中で結論づけた。が、
「いや、意外とそうでもないだよ。なんなら、ひざ派の方が多いよ!」
彼女に否定されるのが無性に腹立たしくて、すかさず反論する。
「統計とったわけでもないんやろ。なんでそんなんがわかるん?」
「これ、筋肉博物館の前においてあったんだけど、その中にも入ったのね?で、最後に缶バッチもらえるんだけど、ほとんどが太ももなんだけど、シークレットでひざの絵柄があるの!」
全く持って、彼女の理論や理由付けがめちゃくちゃ過ぎる。本当に意味がわからない。しかも、彼女はほとんど感情論で動いている。それがなぜか、イライラする。
「だからって、ひざ派が多いことにはならんくない?ていうか、シークレットなら、余計に太もも派の方が多くね?」
「だけどさぁ、ね。」
(ねって、なんやねん。ねって。結局結論も何も出てないやんか。)
そういって、彼女は電車を降りるまで、ひざの良さを俺に熱弁し続けていた。
人間の、真理(?)【旧・人生はひつまぶし】 @11hsk
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