第7話 サンスクリットの母音 ?「ṛ」と「ḷ」

d の段をめぐる疑問


前回までで t, n, l が登場した。

ではその次に来るのは当然 d である。


すると候補は「著」「屠」「徒」だが、これらに付随している「雍 ʔoŋ」「維 ʁir」はいったい何なのか?

そしてなぜ d 系が複数も出てくるのか?



『爾雅』バージョン

 戊/著雍/*dra ʔoŋ 己/屠維/*da ʁir

 庚/上章=ダンタ音 辛/重光/*droŋ qaŋ

 壬/玄黓/*ɢen lek 癸/昭陽/*tɯ laŋ


『史記』バージョン

 戊/徒維/*da ʁir 己/祝犂/*tuk rir

 庚/商横/*syaŋ ɢaŋ 辛/昭陽/*tɯ laŋ

 壬/横艾/=流音ガンガー? 癸/尚章=ダンタ



1.「雍」と「維」

「雍」は、おそらく『史記』に出てくる「維」のことだろう。

実際、部首の「なべぶた」を取れば字形はそっくりである。



2.d が複数ある理由

ここで思い出すのが、サンスクリットの母音 ṛ (r̥) と ḷ (l̥) である。

なお実際に使われるのは r̥ が主で、

l̥ は「ṛ があるなら l̥ もあるだろう」という理屈で設定されたものに近い。

(kl̥p (कॢप्) 「整える、適合する」の関連語くらい)

この特殊母音ṛ との結合を表すために d 系の字が複数必要だったと考えられる。


3.『爾雅』についての解釈

・「著 dra」で d を表したが、一字だけではおかしいと思われたのか「維 ʁir」が付いて 「著維」 になった。

・これが「屠維 da ʁir」と混同しやすいため、最終的に「著雍 dra ʔoŋ」が定着。

・一方「屠維 da ʁir」は dr̥ を示していたと考えられる。


4.『史記』についての解釈

・「徒維 da ʁir」は dr̥。

・「祝犂 tuk rir」は tr̥。

d が単独で残っていないのは、おそらく「著」「徒維」が並んでいて、「著 dra」「徒 da」との発音が似すぎているため、「著」が余計とされ削除されたのだろう。


5.tl̥ について

「昭陽 tɯ laŋ」は tl̥ と読むべきもの。

さすがに「dl̥」を設定するのは難しかったらしく、ここでは tl̥ のみが残されたのだろう。


よって

『爾雅』バージョン

著:d (雍) 屠維:dr̥

上章=ダンタ音 重光/*droŋ qaŋ

玄黓/*ɢen lek 昭陽:tl̥


『史記』バージョン

徒維:dr̥ 祝犂:tr̥

庚/商横/*syaŋ ɢaŋ 昭陽:tl̥

横艾/=流音ガンガー? 尚章=ダンタ


完全解読まであと少し!

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