第13話 癖

 ちょっと待て、どうして神崎桜久良がうちに? 何かの間違い? かずくん? なんだその表情、普段のきつい目つきと寒気のする声はどこにいった?

 考えれば考える程頭の中が混乱する。それでも俺の記憶は幼い頃の美鈴と目の前の神崎とを無理やりに重なり合わせた。屈託のない微笑みも、遠慮がちな声色も、靴を脱ぐ小さな動作全てに。

 でも信じられるはずはない。あの小さく眼鏡を掛けた少女の今が、神崎桜久良だって。


「ぼっち兄どうしたの?」

「い、いやなんでもない」


 玄関に入った神崎は頭を下げてから中に入ってくる。前から親しかったように富久に連れられて。は? は? はぁぁぁぁ?! 何勝手に入ってるの? この家美少女立ち入り禁止だぞ。まじでどうなってんだよ。


「ただいま~、おっ! さくらちゃんも着いたのね~。って、すっごく綺麗になって~!」


 タイミング良いのか悪いのか母さんも帰ってくる。そして神崎を見るなり親し気に話しだした。まるで目の前の神崎が美鈴と疑う素振りもなく、ちょっと怖いから肩とか気安く触らないで。


「お久しぶりです。全然変わってませんよ」


 美鈴は嫌がる素振りもない。いやいやどこがだよ。俺からすればもう別人レベルまで変わってるよ。

 軽く話す母さんと反対に、今も俺は現実を受け入れられず一人取り残されていた。


「かずも何してるのよ、そんなとこつっ立って。早くさくらちゃん案内してあげなさいよ」

「お、おう。こ、こっち」

「ありがと」


 何その笑顔。お前にそんな眩しく明るい笑顔できたの? あの氷の仮面が今は見る影もない。俺の体温は浮き沈みの激しさにもう熱いのか寒いのかわからなくなってきた。

 しかし、全てを決定的づけたのは母さんの後ろから来た人によってだった。


「あら、一人くんこんなに大きくなって~」

「そう? あんまり変わらないでしょうちの子」

「そんなことないわ。すっごく男らしくもなって」


 神崎に負けず劣らずの美貌を持った女の人がいた。一見すると姉とも捉えられそうなほど若く、でも確かな包容力があり、その表情に幼さはなく大人の雰囲気と余裕の佇まいが溢れた気品ある大人の女性。俺はこの人を知っている。


「ま、まやかおばさん?!」

「うふふ、久しぶり」


 本名『美鈴摩耶香みすずまやか』つまりは美鈴の母であり、かつて俺もよくお世話になった人でもある。おばさんって顔じゃないが、昔の俺はよくこんな人におばさんと言えたものだ。

 そんな事などどうでもいい。つまりまやかおばさんがここにいるということは、紛れもなく目の前の神崎が昔俺と一緒に遊んでいた美鈴と言うことにもう疑いの余地などなかった。もう認めるほかない。


「神崎が美鈴だったのか?」

「何変なこと言ってるのよ、ささ、上がって上がって」


 認めるしかに、ああ認めてやろう。俺の人生が、端から破綻していたことを。こんあ美少女幼馴染を持つほど俺に主人公適正があったことを。腑に落ちないが。

 それにしてもなんだこれ。今週だけでクラスの二大美少女が俺の家の敷居を跨いでいる。しかも一方は恋人に、そしてもう一方は旧知の幼馴染。どこのラブコメ展開だこれ。

 神崎基美鈴は俺の隣で微笑んだ。見たこともない愛嬌たっぷりに昔の面影を残したまま。


「久しぶりかずくん」


 当時の呼び方で、俺の名前を呼んだ。



 母さんとまやかおばさんはキッチンで料理の続き、俺と富久と神崎は暇になった。ソファに神崎と富久が座り親し気に話しながらゲームでもするみたいだった。

 話を聞く限り富久は神崎とオンラインの世界で何度か会っているらしく、ちょくちょくネットでゲームもしているらしかった。そういうことは早く言えよ。

 流行りの格闘ゲームを起動し二人の対戦を俺は眺めているだけだった。ていうかどっちも上手いな。美鈴には似合わないが。


「ねえねえ、そういえばさくら姉は眼鏡はどうしたの?」

「ああそれね。コンタクトにしたの。ど、どうかな? かずくん」

「何で俺なんだよ、てか前見ろよ」


 いきなり顔を合わせられドキリとする。いくら幼馴染と言えど神崎に代わりはなく、精巧な作りの人形のような顔立ちの美人に至近距離で見つめられると恥ずかしい。しかも見たこともない程キラキラした目でこっちを見る神崎はまるで別人のようでもあって少し可笑しな気分になる。

 それにしても、眼鏡を掛けていた時は周囲から『がり勉』とか『委員長顔』なんてあだ名をつけられていたのに、今では『氷の女王』だなんて立派になったもんだよな。


「ど、どう?」

「い、いいんじゃないか。そっちの方が」

「ほんとっ?!」

「あ、ああ。だから前見ろよ」


 話していると美鈴なのに、顔を見ると神崎がいて俺の頭はてんやわんやだ。節々には美鈴の影があるというのに、ゲーム一つにしても、学校での態度にしてもその面影は正直あまり感じられなかった。それほどまでに、美鈴と神崎は全然違った。

 昔はゲーム一つすら泣きながら俺に教えてもらっていたのに。そんな美鈴を思い出すと自然と笑みがこぼれた。


「変わったな、美鈴は。じゃなくて今は神崎か」

「別に呼びやすい方でいいよ。でも、全然だよ、私は」

「何がだよ?」

「私は何も変わってないよ。何も」


 首を振りながらそう答える。ゲームは富久が辛勝を収めた。


「そんなことないだろ。雰囲気も口調も、顔だって」

「ううん。本当に何も変わってないの。やっぱり私は……」


 顔を落として何かを言おうとした神崎だったが、後ろでパチンッ、と手を叩く音が聞こえた


「っさ、料理にしましょ! かず手伝って!」

「はいはい。で? どうした美鈴」

「ううん何でもないよ。それより、ご飯食べよ」


 その顔に安心した。やっぱり神崎は美鈴だった。顔が変わろうが、美人になろうが昔の癖だけは相変わらずで、いつまでたっても下手くそに笑う顔。こんな時は、いつも何か抱えている時だった。

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陰キャな俺は青春を謳歌しない? @asagao400

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