未来、日常、ふたり分
佐熊カズサ
イントロダクション
眠気と秋風のまどろむ様な心地よさの中、ゆらゆら歩いていた私の頭上をゆっくりと通り過ぎた小さな円形の影に、立ち止まってふと空を見上げた。
目が痛くなるほど鮮やかな水色に、思わず目を細めて右手でひさしを作った。あまりの眩しさに、じわじわと頭に蓄積させていた眠気が一気に吹き飛んだ。ついでに、朝イチから受けた二つの講義のかろうじて頭に入っていたはずの内容も吹き飛んだ気がする。おかげで気分がなんだかスッキリした。
数時間ぶりにまともな焦点を取り戻した私は、影の正体を探して青空の中に視線をさまよわせる。と、少し離れたところ、上空低くにキラリと鋭い人工物の反射光を認めた。
雲ひとつない真昼の晴天の中、白くてつるりとしたミカンみたいなサイズ感の金属の球がひとつ、ふわふわと浮かんでいた。環境観測用ドローンだ。
大学の敷地内にドローンがうろついていること自体は決して珍しくはないが、通常のそれはもっと高く規則的に飛んでいる。
やはり他の学生たちも不思議に思うのか、ドローンの周囲に差し掛かるとみんな一様に移動する足を少し緩めてドローンを一瞥していた。
やや遠巻きに場違いに浮遊する金属球を眺めているうちに、気づけば私の口角は上がり、心臓は一種の期待に早鐘を打っていた。
非日常的な事態に興奮したからではない。おそらく自動操縦ではないそれの正体に、私は心当たりがあったのだ。
彼女だ。昼間のキャンパスでこんなものを飛ばすのは十中八九彼女しかいない。
私はオフホワイトのキャンバス生地のスニーカーでレンガ色のモザイクがデザインされた地面を蹴り、駆け足でドローンの下に滑り込んだ。そして、目玉のようなレンズの奥の小さな赤い光を見上げて手を振った。
すると、ドローンはピタリと不安定な飛行をやめ、考え込む様に静止したかと思うと一直線にどこかへ向かいはじめた。
やはり。逃げるような、導くようなドローンの動きの向こうに彼女のうんざりした様な彼女のクールな顔が浮かぶ。わずかな疑いも確信に変わった。
私はそれを見失わないように、ギリギリ競歩の速度で追いかけた。視線が上がりっぱなしなせいで足元が若干おろそかになっているが気にしない。転んだとしても、その時はその時だ。
しばらく進んで、文学部棟を少し離れたところにある図書館の前でドローンは動きを止めた。主人の元に着いたのだ。
私は歩く速度を緩めて、軽く上がった息を整えた。ドローンから目線を下げると、すでに私を捉えていた灰がかった青い瞳とぶつかった。途端にため息をつかれた。
立ち止まって彼女を見る。胸の奥から温かいものが溢れて、今にも叫びたい衝動に駆られた。どう捉えても好意的ではない反応だが、その反応にすら私はどうしようもなく嬉しさを感じた。
玉城イオリ。
私は彼女のことが大好きだ。
未来、日常、ふたり分 佐熊カズサ @cloudy00
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