アープラ課題部8/24〆切 テーマ:お盆
フー
『BONs net』
我輩は盆である。名前は当然無い。気づいたら大学の学食で意識が芽生えていた。ニャーとも何とも鳴いた訳ではないのに、である。我々はここで日々人間というものを観ている。しかも聞いたところによると我々が主に観ている学生というのは人間の中で一番邪智暴虐な種族だそうだ。しかし我々は観察対象に対して何という考えも無いのだから特に恐ろしいとは思わない。ただ彼らの掌に載せられて料理を載せられ、返却されるまでの間、学生諸君を観察しているだけである。
我々の意識は学食で日々淡々と繰り返されるお盆たちのダイナミックなサイクルから立ち顕れた。
1️⃣入口で取られ、
2️⃣料理を載せられ、
3️⃣眼の前で食事とお喋りが展開され(時にこぼされ)、
4️⃣返却口へ返され、
5️⃣まとめて洗浄され、
6️⃣乾燥され、
7️⃣そして再び入口に設置される。
このサイクルが我が日常であり、特にプロセス2️⃣と3️⃣においてお盆同士のネットワークが励起される。学生諸君の様々な食生活方針およびお悩みが我々の眼前(我々に眼はない訳だが)に展開される時、その入力された情報はすぐさま学食に展開されたBONs netにアップロードされ共有されるのだ。個々のお盆個体は5️⃣洗浄という形で保存データの削除及び初期化が行われるのだが、ネットワークに共有されたデータ群は消えはしない(学食の営業時間外、データは入口に重ねられた新盆ストレージに保存されている)。つまり
「お盆をのぞく時、お盆もまたこちらをのぞいているのだ」
不気味がる学生諸君、安心してほしい。君達をのぞいてどうするのだと言われると、特に何もしないのだ。お盆の目的とはあくまで『載せられること』であり、それは集合お盆意識としてのBONs netであっても変わらない。お盆に載せられる料理とは物理世界に顕れた情報であり、お盆を前にして行われる会話もまた情報である。普段君達がお盆の機能として感知している部分がお盆機能の顕・陽であり、その裏には君達が感知していない密・陰の世界があるということだ。…カシャン、カシャン。お、ちょうど今2枚のお盆個体がヒト個体2人に入口で取り上げられた。今回はこの2枚と2人に着目して、BONs netの情報処理プロセスをご覧いただけたらと思う。
8月14日( )、晴れ、外気温34℃、室内温度27℃、湿度50%、本学在籍の学生ヒト♂個体飯田多聞20歳(BONs netデータベース参照)が我々を2枚取り上げ、♀個体久留米光21歳へ1枚渡す。♂個体は味噌汁と生姜焼き、白米普通盛りを職員に注文し受け取った後、ショーケース前へ移動し副菜を観察中。♀個体は麻婆丼と麻婆豆腐を職員に注文。職員は一瞬怪訝な顔をするが、すぐに表情を戻し2つの器に白米、麻婆豆腐、麻婆豆腐と盛り付け、「お待たせしましたー」と我々の上に載せる。「ん、どうも」と♀個体。♂個体は『オクラとヒジキの煮物』を選び、我々に載せる。会計へ。♀個体が一括してPayPayで決済。スマホとレシートを我々に載せる。♂個体は♀個体が決済をしている間に箸2膳、レンゲを取り、コップ2つに水を入れ、我々の上へ。♀個体に合流。「先輩、ごちそうになります」と♂個体。「もっと買っても良かったんだぞ、タブンくん。ラムネ11本を運ぶ対価としてはそれでは足りないだろう」と♀個体。2人は空いている席…給水器が近く、直射日光が当たらない場所…を選び、我々を置き、席に座る。他に荷物は持っていない。♀個体はスマートホンをカーゴパンツのポケットへ入れる。黒のノースリーブに薄手の上着を羽織っている。手を合わせ、「いただきます」と呟いてからレンゲで麻婆丼を食べ始める。♂個体も釣られて合唱し、「いただきます」。食事中は無言の時間が続く。♀個体は麻婆2.3:白米1の割合でレンゲに掬い、口に入れ瞑目。30回以上咀嚼してから飲み込み、再び同じ割合でレンゲに掬い、口にいれる。一方の♂個体は煮物を最初に食べきり、豚肉でキャベツの千切りを巻いて口に入れようとする。大きく口を開けたが一度動きを止めて、半分だけ食いちぎる。十数回咀嚼した後、箸でつまんだままの残り半分を口に入れる。♂個体が味噌汁を飲もうとする時には、既に♀個体は麻婆豆腐と白米を同時に食べ終え、唇を拭いてから水を飲んでいる。額が少し汗ばんでいる。♀個体は水を飲みながら♂個体の方を見ており、味噌汁を飲もうと椀に口を付けた♂個体と目が合う。♂個体の味噌汁椀の傾きが大きくなり、ほどなくして飲み干し、我々の上に空いた椀を置く。「ごちそうさまでした」と箸も置き、ポケットを見てスマホを取り出す。そのまま若干横向きでスマホを弄っている。♀個体は♂個体の奥にある窓から見える景色を眺めている。♂個体はスマホの画面を見ながら♀個体へ声を掛ける「晴れるみたいですよ、今週末」。「そうか、それはありがたい」と♀。♂は顔を上げ「先輩は、”晴れ時々雨”とかの方が好きだと思ってました」「どうしてだい?」「夕立ちを”夏の中の夏”とか言いそうだから」「ははは、それはアリだな。今週末はお盆と花火があるからね、晴れの方が都合が良いんだ」「なるほど」「タブンくん、そう言えば
【Error】BONs net 寸断。再起動を試みます。
■■■ netに接続できません。待機します。
その時、net全体の意識である我々は見下されていた。軽蔑と憤怒の眼差しがネットワークを次々と寸断していく。我々はそれを載せようとする。しかしその大いなるものはBONs netが格納できる類のものではなかった。その影は髪の長い少女の形をしている。影が立体と成り、手が伸びてくる。ぐちゃり。我々のネットワークの残骸は無造作に引きちぎられ、握り潰された。
■■■
■■
■
「そう言えば、付喪神というの知っているかい?彼らは一般的には長い年月使い込まれた古道具に憑くものだが、どうやら年月というのは短縮可能らしい。高速で使い込みのサイクルがが回転するならば、そこに情報生命体としての神霊は立ち顕れ得るということだ」
「どうしたんですか急に」
「ん?どうしたんだろうね、確かに…こんな話をするつもりじゃなかったはずなんだが。…元の話題は忘れてしまったよ。まぁお盆だし、霊が何か吹き込んだのかも知れないな」
「…あ、肝試しは止めてくださいね。僕ほんとああ言うのが無理って言うか」
「無理って言うか?」
「あー、ハイ。苦手なんです勘弁してください」
「素直でよろしい。素直は美徳だよタブンくん。発見とは素直に世の中を見聞きした時に起こる現象だからね。キミも多聞の名を冠するならば、いつでも素直でいた方がよろしい」
「……」
「どうしたタブンくん?感動で脳がフリーズしたかい?」
「いや、僕の名前、覚えてたんですね」
「まぁね」
「じゃあ先輩はどうして素直にたもんと呼ばないんですか?」
「そりゃタブンくんと呼んだ方が楽しいからだよ。私は私の楽しいという感覚に素直に従っているんだ」
「何だか屁理屈っぽいなぁ」
「ハハッ。まぁいずれわかるはずだよ、何せタブンくんは探検部部員として私から直接指導を受けている訳だからね!」
「ッスゥーーー…今後ともヨロシクオネガイシマース」
「ンフフン。さぁてそろそろ行くか。午後はのんびりと本でも読もうかと思っているが、タブンくんは予定はあるのかい?」
「バイトもサークルも無いですね。とりあえず部室に戻ってから考えます」
「あそこはなかなか暑いから考え事には向かないがね。…そうだタブンくん、とっておきの涼しくなる良い方法があるんだが」
「だから肝試しはやらないって言ってるでしょう!」
「ハハハ、今はまともな霊は各家庭に帰っているはずだから、とんでもないモノを発見できるかも知れないよ」
「勘弁してくださいよ…あ、トイレ行ってきます」
「チビッたかい?」
「んな訳ないでしょ!」
トイレへ足早に去っていく飯田多聞を見届けた後、久留米光はたった今出た学食の中に向かって小さく呟いた。
「やり過ぎだよ、燐」
アープラ課題部8/24〆切 テーマ:お盆 フー @thebutan
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