第4話

 晴れた冬の朝。あの後はなんとなく気まずいままご飯を食べ終えてそのまま寝てしまった。もう陽が射していて、おそらく八時頃だろうか。この時間まで寝ていたらユキノは間違いなく起こしにくるが、今日は物音すらしない。


 少し不安になりながらリビングに行くと、私の父親が神妙な面持ちでいた。久しぶりだね、とか言うこともなく私は切り出した。


「どうしたの、ユキノは?」

「ユキノ......AD-1500のことか」


 久々に聞いたお父さんの低い声から、なんとなく、察した。


「AD-1500は例外として昨晩移送された」

「例外......」


 例外。最近では感情を強く持ちすぎたアンドロイドの呼称としても使われている。詳しくは知らないが記憶データを初期化されて処分か再出荷されるとか。


「彼女はどうやらハルナに対して強い感情を持ってしまったらしい」

「え......」

「端的に言うと好きになってしまった、ということだ」


 父親は妙にデリカシーがないというか、ものを明け透けに言う人だ。ただ、淡々と事実を言うのにはこれ以上ない人物だと思う。


「これから彼女は記憶データを初期化され、おそらく処分されるかもしれない」

「そんな......」


 要するに、彼女は死ぬ。さよならも言えず、気まずさの解消もできないまま。


「どうにかできないの?」

「どうすることもできない。が、彼女に会いに行くことはできる」

「会えるの!?」


 思わず大きな声が出て、お父さんは一瞬びっくりしたが話を続けた。


「ああ、ハルナに会わせた方が記憶データに悪影響が出ないと管理センターのスタッフが判断したようだ」

「今から行ける?」

「そのために今来てるんだ、行くぞ」

「うん」


 私は何を伝えるべきだろうか。色々考えを巡らせながら、お父さんの運転する車に乗り管理センターに向かった。





「ハルナちゃん」

「ユキノ!」


 ユキノは私の顔を見るなり安堵したようだった。面会時間は三十分で、それを過ぎたらもう彼女には二度と会えない。


「ごめんね、私のせいでこんなことになって」

「ユキノのせいじゃないよ」

「何かのせいだとしたら、神様とかがこんないたずらしたんだと思う」

「それに、ユキノ」


 私はユキノの目を見据えて。


「私はユキノのおかげで、朝遅い時間に起きることも無くなったし、健康的なものも食べることができたし、誰かと一緒にいることの楽しさを思い出せた」

「だから、全部ユキノのおかげ。ありがとう」

「ハルナちゃん......」

「......こんな時、人間なら涙を流せるのかな」


 ユキノは顔をくしゃくしゃにしながらそう言った。どうしても越えることのできない私たちの間の隔たり。でも私は。


「涙なんて流せなくても、十分伝わったよ」

「ユキノ、好きだよ」

「私も」

「私もハルナちゃんのことが大好き」


 ユキノの手を掴んで、思った言葉を口にする。なぜだかユキノの手は、とても暖かく、柔らかく感じた。


「これで最後になるけど」

「実はね、クリスマスプレゼント、買ってたんだ」

「そうだったの......」

「こうなるってわかってたから隠してたんだけど......」

「でも、もう無理。何も隠しきれないや」

「おうちに帰ったら、台所探してみてね」

「それと、また会う日まで、元気で過ごしてね」

「え?」

「え?」

「ユキノ、処分されるんじゃ?」

「あー......昨日ね、ハルナちゃんのお父さんが来てね」


 昨晩起こったことを聞いて、ものすごく大きなため息が出た。ひとまずユキノはここで預かることになって、数ヶ月したら帰ってくるらしい。時間が来て、ユキノと別れたあとお父さんを問い詰めると「確証がなかったから」と少し申し訳なさそうに言っていた。でも、良かった。またユキノに会えるんだ。






 家に着くとお父さんはそのまま仕事に行き、私は一人でリビングのテーブルを眺める。ここで彼女とご飯を食べた。そんな日々が遠い昔のことのように思える。


 どこか浮遊感のあるままキッチンに向かうと、箱と手紙がそのままの状態で置いてあった。手紙を手に取り、読んでみる。


 ハルナちゃんへ。この手紙を読んでいるときには私はもうこの家にはいないと思う。だから手紙にして伝えるね。一週間くらいだったけど、毎日楽しくて、とても充実した日々でした。昨日ご飯を食べているとき、共有できなくて寂しいって言ってたけど、そんなことないよ。ハルナちゃんが美味しいって言ってくれてすごく嬉しかったし、誰かのために作ったご飯をそう言ってもらえるだけでお互いの気持ちは伝わってると思う。だから寂しくなんかないよ。私たちは違う存在だけどどこかで絶対に繋がっているから。だから私の大好きな笑顔のハルナちゃんでいてほしいな。約束だよ。あ、それと、クリスマスプレゼント喜んでもらえるといいな。


 手紙を読み終えて、少し息を整えてから箱を開ける。中身は桜の花びらの形をした雪が舞うスノードームだった。


「ユキノ......もう、せっかちなんだから」






 数ヶ月してユキノが帰ってきて、彼女を思いっきり抱きしめると見たことない顔をしていた。嬉しさや切なさが入り混じった感情。多分私も色んな感情で顔がぐちゃぐちゃになってたと思うけど、彼女の柔らかい手を掴んで「ずっと一緒にいようね」と言うとユキノは優しく抱きしめ返してくれた。


 それは春の陽気を感じる、桜が舞う春の日のことだった。

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冬の桜と雪 月乃にや(旧HN桟敷匙) @sajiki_sajisaji

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