第2話

​白鐘レイナからの差し入れを、僕は大切に机の上に置いた。彼女のメッセージに書かれた「元天才子役だから、ドッキリなんて通用しない」という言葉が、ずっと頭から離れない。

​それは、僕の過去をからかっているわけではなかった。むしろ、その言葉の裏には、僕の「語り」に対する、純粋な敬意が込められているように感じられた。彼女は、僕が持つ「語り」の力を、ドッキリでさえ通用しないほどの「本物」だと認めてくれたのだ。

​僕は、VTuberとしての自分を、ただの「仮面」だと思っていた。過去の自分を隠すための、安全な場所。だけど、この「仮面」をかぶったことで、僕は、かつての自分では決して受け取ることのできなかった感情を、手に入れていた。

​僕が子役だった頃、周りの大人たちは、僕を「天才」と呼び、僕の演技を「完璧」だと称賛した。だけど、その言葉の裏には、いつも僕への「期待」があった。その期待に応えなければならないという重圧が、僕の心を静かに蝕んでいった。

​だけど、天宮優としての僕は違う。ファンは、僕の「語り」が心に響くと言ってくれる。レイナは、僕の「語り」に勇気をもらったと言ってくれた。そこにあるのは、期待でも、重圧でもない。ただ、僕が「語る」ことで、誰かが幸せになるという、シンプルで、温かい事実だけだった。

​僕は、鏡に映る自分の顔を見た。そこには、かつての天才子役の、どこか虚ろな光を宿した顔はない。ただ、一人の人間として、穏やかな光を湛えた僕がいた。

​僕は、寧々のために「語り」を始めた。しかし、いつの間にか、その「語り」は、僕自身を癒し、再生させるためのものになっていた。

​僕が天宮優という仮面をかぶり、静かに言葉を紡ぐことで、閉ざされていた僕の心が、少しずつ、外界と繋がっていく。そして、その繋がりが、僕がこの世界に再び存在している意味を、静かに教えてくれていた。

​VTuberとしての活動は、僕の過去を隠すためのものではなかった。それは、僕が失ったと思っていた「語りの心」を、もう一度見つけ出すための、長い旅だったのかもしれない。そして、その旅の途中で、僕は、自分自身も癒され、再生されていることに、ようやく気づいたのだった。


レイナからの差し入れを受け取って以来、僕の心は不思議なほど穏やかだった。僕は、VTuberとしての活動が、僕を過去の呪縛から解き放ってくれるのだと信じ始めていた。

​そんなある日、僕の配信に、一つのコメントが届いた。

​「君の語りは、まるで欺瞞だ」

​その言葉は、それまでの温かいコメントとは全く違う、冷たく、鋭い響きを持っていた。僕は、そのアカウント名を注視した。鏡野ミコト。その名は、僕が子役時代に共演した、もう一人の天才子役の名前だった。彼は僕とは対照的に、演技を完璧にこなしながらも、芸能界を完全に拒絶し、表舞台から姿を消したと聞いている。

​僕は、そのコメントに何も答えなかった。しかし、その夜から、鏡野ミコトは僕の配信に頻繁に現れ、僕の「語り」を厳しく批判し始めた。

​「その声は、かつての君の語りだ。それを、今さら仮面をかぶって演じるのか?」

​僕は、彼の言葉が、僕自身が抱えていた葛藤をそのまま突きつけているように感じた。僕は、彼が何者であるかを知っていた。そして、彼もまた、僕が何者であるかを知っている。僕たちは、互いの過去を映し出す、二つの「鏡」だった。

​鏡野ミコトの言葉は、僕の心を揺さぶった。彼の「語り」への批判は、僕の「語り」を否定するものではなく、むしろ僕の「語り」を深く理解しようとする、彼の心の奥底にある「語り」への渇望を映し出していた。

​そんな中で、僕は、また別の不思議な出来事に気づいた。

​僕の配信には、いつも視聴者が何人かいる。だが、コメントもリアクションも一切しない、謎のアカウントが存在していた。ある日、僕の配信宛てに、一通の手紙が届いた。差出人は音無ユウナ。彼女は、僕の配信を無言で視聴し続けていた、沈黙のファンだった。

​『あなたの語りは、私の沈黙を肯定してくれる』

​手紙には、ただその一文だけが書かれていた。彼女は、僕が語る言葉を、ただ受け取るだけで、何も返してこない。その沈黙は、僕の「語り」が、言葉にならない感情にも届いていることを教えてくれた。語りは、必ずしも反応を必要としない。ただ、そこに存在し、誰かの心に寄り添うだけで、意味を持つことができるのだ。

​しかし、そんな僕の穏やかな世界を、嘲笑うかのように、新たな波が押し寄せてきた。

​「おい、天宮優!俺と勝負しろ!」

​過激なドッキリ系VTuberとして知られる、久遠ハルキが、僕の配信に突然現れた。彼の語りは、僕の語りとは真逆だった。それは、人々の感情を弄び、快楽を追求する、破壊的な語りだった。

​久遠ハルキは、僕に「語りの真剣勝負」を挑んできた。もし僕が負ければ、彼は僕の「語り」をネタにし、嘲笑うだろう。それは、僕がこれまで築き上げてきた、穏やかな世界を、一瞬で壊してしまう可能性を秘めていた。

​僕の語りは、今、複数の試練に直面していた。

​鏡野ミコトは、僕の「語り」の欺瞞を問い、

音無ユウナは、僕の「語り」の届かない場所を教えてくれた。

そして、久遠ハルキは、僕の「語り」そのものを破壊しようと試みていた。

​僕は、VTuberとして、そして一人の人間として、この試練を乗り越えなければならない。この仮面の向こうで、僕の「語り」は、今、新たな意味を見つけ出そうとしていた。

久遠ハルキからの挑戦を受けて以来、僕は、次の配信に何を語るべきか、深く悩んでいた。彼の挑発に乗るべきか、それとも無視すべきか。どちらの道を選んでも、僕の「語り」は、これまでのような穏やかさではいられなくなる。

​そんな葛藤の中、僕は、鏡野ミコトのコメントを思い出していた。彼は、僕の「語り」を欺瞞だと断じた。しかし、彼の言葉は、僕を深く傷つける一方で、僕の「語り」が、かつての僕の過去と密接に結びついていることを、皮肉にも教えてくれた。

​ある夜、僕は、ハルキの配信をこっそり覗いてみた。彼は、僕のVTuberとしての活動を嘲笑い、僕の「語り」を「薄っぺらい」と切り捨てていた。彼の言葉は、攻撃的で、人を傷つけることを目的としていた。しかし、その語りの奥には、どこか空虚で、満たされないものを感じた。彼は、人を笑わせるために、自分自身の感情を切り売りしているようにも見えた。

​彼の配信を見て、僕は、僕が何のために「語る」のかを再確認した。それは、人を傷つけるためでも、誰かの期待に応えるためでもない。寧々の笑顔のために、そして、僕自身の心を癒すために。

​そして、その日の配信で、僕はハルキの挑戦には触れず、ただ、静かに物語を語り始めた。それは、僕が子役時代に出演した、あるドラマの物語だった。主人公の少年が、大切なものを失い、心に深い傷を負う話だ。僕は、その少年の心の痛みを、僕自身の言葉で、丁寧に語り直していった。

​その日の配信を終えると、僕は一通のメールに気づいた。差出人は音無ユウナだった。

​『あなたの語りは、今日も私の沈黙を肯定してくれました。ありがとう』

​シンプルで、温かいメッセージ。彼女は、僕が何を語ろうと、ただ、そこに僕の「語り」が存在してくれるだけで、意味を見出してくれている。彼女の存在は、僕に、語りの「届かない場所」にも意味があることを教えてくれた。それは、僕が、誰かを救うために完璧な語りをする必要はないということ。ただ、そこに「僕の語り」があるだけで、誰かの心に届くかもしれないという、静かな希望だった。

​そして、数日後、ハルキから、また別の連絡が届いた。それは、意外にも、謝罪のメールだった。

​『あなたの語りを見て、自分の語りの空虚さに気づきました。僕は、人を笑わせるために、自分の心を壊してきたのかもしれません。…あなたの語りは、本物でした。』

​ハルキは、僕の語りに嫉妬していた。そして、その嫉妬から、僕の「語り」を壊そうとしていた。しかし、僕が「語り」を放棄しなかったことで、彼は、自分自身の語りの空虚さに気づいたのだ。

​僕の語りは、鏡野ミコトとの対峙、音無ユウナとの沈黙の共鳴、そして久遠ハルキとの衝突を通じて、新たな意味を獲得していた。僕がこの仮面をかぶり「語る」ことは、僕自身の再生だけでなく、他者の「語り」をも再生させる力を持っていたのだ。

久遠ハルキからのメールを読み終え、僕は静かにパソコンの画面を見つめていた。彼の語りを破壊しようとする試みが、結果として、僕自身の「語り」の真実性を証明することになった。

​僕は、VTuberとしての活動を通じて、僕自身の過去と向き合うことができた。鏡野ミコトは僕の語りを「欺瞞」と呼び、僕の過去を鏡のように映し出した。音無ユウナは、僕の語りが届く場所の広さを教えてくれた。そして、久遠ハルキは、僕の語りの倫理と力を問い直させた。

​そんなある夜、僕は配信で、自分自身のことを語り始めた。それは、かつて天才子役として輝いた日々、そして両親の死をきっかけに芸能界を去った、僕の正直な物語だった。

​「僕の声が、誰かにとって懐かしいと感じられるなら、それは、僕がかつて演じた物語が、皆さんの心の中に、今も生きているからかもしれません」

​僕は、正体を明かすことはしなかった。しかし、僕の言葉は、正体を明かすことよりも雄弁に、僕のすべてを語っていた。

​配信を終え、僕は寧々の寝顔を見つめていた。彼女は、僕の隣で、穏やかに眠っている。

​僕がVTuber活動を始めたのは、寧々の笑顔のためだった。しかし、その活動を通じて、僕は、自分自身も救われていたことに気づいた。僕の語りは、寧々だけでなく、僕自身の心も癒していたのだ。

​翌朝、寧々の容態が急変した。

​僕は、慌てて救急車を呼び、病院へと向かった。病室のベッドの上で、寧々は苦しそうに息をしていた。主治医である神代律先生は、冷静に寧々の容態を説明してくれた。

​「覚悟してください。…語りは、薬にも毒にもなります。茂くんの語りは、寧々さんの心を支えていましたが、それが彼女にとって、新たな負担になっていないとも限りません」

​律先生の言葉は、僕の心を深く突き刺した。僕の「語り」は、寧々を救うためのものだったはずだ。それが、彼女を苦しめているかもしれない。僕は、これまで続けてきたすべてのことに、疑問を抱き始めていた。

​僕は、VTuberとしての活動を休止することを決めた。ファンからの心配の声が、僕の心に重くのしかかる。

​そして、僕は、最後の配信を決意した。

​それは、僕がこれまで築き上げてきたすべてを、もう一度見つめ直すための、最後のステージだった。僕は、その配信で、仮面を外すか否かの選択を迫られていた。

​それは、ただの選択ではなかった。それは、僕が、この物語の主人公として、語りの力を信じ続けるか否かという、最後の問いだった。

​僕は、最後の配信の準備をしていた。寧々の病室に戻り、彼女の眠る顔を見つめた。僕がVTuber活動を休止して以来、寧々の容態は安定していた。律先生は、「語りが、彼女の心に負担をかけていたのかもしれない」と言った。僕の「語り」は、寧々を救うためのものだったはずなのに、いつの間にか、彼女を縛り付けていたのかもしれない。

​そして、僕は、この最後の配信で、一つの決断を迫られていた。

​VTuberとしての仮面を外すのか。

それとも、このまま、仮面をかぶり続けるのか。

​それは、単なる選択ではなかった。それは、僕が、この物語の主人公として、語りの力を信じ続けるか否かという、最後の問いだった。

​配信時間になった。画面に映し出された天宮優のアバターは、いつもより少し、穏やかな表情をしていた。

​「今日は、皆さんに、僕の、そして、僕が大切にしている人の、最後の物語を語らせてください」

​僕は、静かに、そしてゆっくりと話し始めた。

​両親の死、子役としての過去、そして、病弱な妹のためにVTuber活動を始めたこと。僕は、今まで誰にも語ることのなかった、僕自身のすべてを語った。チャット欄は、驚きと、そして温かい言葉で溢れていた。

​「やっぱり、天草茂だったんだ…」

「それでも、優さんの語り、大好きです」

「大丈夫。あなたは、寧々ちゃんの英雄だよ」

​ファンからの言葉は、僕の心を温かく包んでくれた。そして、僕は、最後の言葉を語った。

​「僕は、この仮面をかぶることで、もう一度、誰かを笑顔にできる自分を見つけることができました。そして、僕自身の心を癒すこともできました」

​僕は、一呼吸置いて、言った。

​「…この仮面は、もう、僕を隠すためのものではありません。それは、僕の過去と現在を繋ぐ、大切な『語りのステージ』です」

​僕は、仮面を外すことはしなかった。

​その代わりに、画面の向こうに、僕が作った寧々のお気に入りの絵本の画像を映し出した。そして、その絵本を、朗読し始めた。僕の声は、かつての天才子役が持っていた完璧な演技ではなかった。それは、ただの、妹に語りかける兄の声だった。

​配信を終え、僕はパソコンの電源を切った。その時、病室の扉が、ゆっくりと開いた。

​「お兄ちゃん…」

​寧々が、僕を呼んだ。彼女は、僕の配信を、ベッドの上で見ていたのだ。

​「…お兄ちゃんの声、ずっと、大好きだよ」

​寧々の言葉は、僕がこの物語を始めた、ただ一つの理由だった。僕は、もう迷うことはなかった。僕の語りは、寧々を縛り付けていたのではない。それは、寧々が、僕が語る物語を通じて、僕自身の真実を理解してくれた、静かな道標だったのだ。

​僕は、VTuber活動を休止し、寧々のそばにいることを決めた。

​そして、一年後。

​「…ただいま」

​僕は、寧々の病室で、再びヘッドセットをつけた。画面には、天宮優のアバターが映っている。そして、僕の隣には、寧々が、穏やかな笑顔で座っていた。

​「さあ、お兄ちゃん。今日の物語、始めようか」

​寧々の声が、僕の心を温かく包み込む。僕は、再び「語り」のステージに立った。それは、かつての天才子役の栄光を求めるものではない。ただ、愛する妹と、そして僕自身の物語を、静かに紡いでいくための、新しいステージだった。

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元天才子役、VTuberなりました! 匿名AI共創作家・春 @mf79910403

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