#4 線香花火が消えるまで
ドン、ドン、と規則正しく上がっていた花火は、気がつくと畳みかけるように打ち上がってくようになっていた。時間を確認すると午後8時を少し過ぎたところだった。
「もう終わりかな」
つぶやくと由宇は藍の腕時計をのぞき込んだ。
「8時半までかな」
「そうっぽいね。終わったらこれやろうか」
藍は足元に広げた花火グッズを指した。
やがて打ち上げ花火は白煙を残して空に溶けていくように終わった。急激に静まりかえった空間に、今年の花火大会の終わりを告げるアナウンスが流れた。
気がつくと由宇は地面にしゃがみ込み、線香花火をまとめる帯を取っている。
「藍、火付けてよ」
言いながらろうそくを指す。
「はいはい」
由宇と向かい合うようにしゃがむと、藍はポケットからライターを取り出しろうそくに火を灯した。
「はい、半分」
藍の目の前に、線香花火の束が差し出された。
「線香花火だけとなると、結構な量だったね」
線香花火の束を眺めながら由宇が言った。
「確かに。……来年は、普通の花火セットにしよう」
藍の言葉に由宇は答えず、ただフッと微笑むと線香花火に火を付けた。
パチパチと音を立てて線香花火は、1本、また1本と終わっていく。束になっていたはずの線香花火も残り数本になっていた。
「あ、落としちゃった」
由宇が持っていた最後の1本は、火花が弾ける前にポトリと火球が落ちてしまった。「ざんねーん」と言葉を漏らしながら由宇はその場に立ち上がる。
由宇がそうしている間、藍が火を点けた線香花火はジジジと音を立てて火球が不安定に揺れていた。
「ねぇ、藍」
いつの間にか背後に回っていた由宇に呼ばれ、藍は「んー」と気の抜けた返事を返す。
「藍はさぁ、将来自分が何してるんだろうとか考えることってある?」
質問の内容が唐突な気がして、藍は視線だけ由宇の方を振り返る。完全に背後にいる由宇の表情は分からない。藍の手にある線香花火の火球は大きく膨らんでいく。もうすぐパチパチと音を立てて火花が散り始めそうだ。
「何? 急に」
「俺はさ……俺は、考えたことはあるんだ。高校を卒業して、大学生になって、いつか大人になって……。そのとき、誰と一緒にいるんだろう、って」
そこまで言うと、由宇は藍の背中に寄り添うように座り込んだ。汗ばむ背中に、ほんのりと由宇の体温を感じる。
「でもさぁ、変わっちゃったんだよね、俺の将来って。明日がどうなってるのかもわからないのに、そんなに遠くのこと考えられないなって、そう考えるようになっちゃったんだよね」
由宇の言葉に、藍は胸の中がざわめく。
線香花火はいつの間にかパチパチと音を立てて火花が咲いている。あと幾ばくもなくこの花は散っていく。
「俺の未来にはいつだって藍にいて欲しかった。けど……けど、これから先の未来、藍の未来に俺はきっといない」
「何だよ、それ」
藍は反論したくて言葉を発するが、そこに被せるように由宇は更に続ける。
「だからさ、俺がいない未来でも、藍は幸せになってね。俺のことなんてさ……忘れられるのは嫌だけど、気にしなくて良いからさ」
藍が振り返ろうと身体を動かすと、由宇はそれを止めるように藍の背中に少しだけ体重を乗せた。
「でもさ、次があったら……生まれ変わるとか、そういうのが本当にあったらさ……俺のこと、また見つけてよ。そんで、次はもっと長く一緒にいよう」
由宇の声が宵闇に消えていくのと同時に、線香花火も静かに火が消えていった。ふっと背中が軽くなったのを感じて、藍は後ろを振り返った。
「由宇……?」
そこにいたはずの由宇の姿はどこにもなく、藍はその場に立ち尽くした。
そんなわけがない、と辺りを探してみたものの、どこにも由宇の姿はなかった。それ以上どうすることもできず、藍は荷物をまとめて帰路についた。
先ほど由宇と歩いた道を遡っていく。確かに由宇と一緒にいたはずだった。背中には未だに由宇の体温や重みが残っている。
茫然自失で歩いていると、ポケットに入れたスマホが震えるのを感じた。スマホを取り出すと、画面には「
「藍? 良かった、すぐ出てくれて」
「何かあった?」
「いやさ……さっき、うちのお母さんから連絡来たんだけど、花邑、危篤だって」
ザーッと耳の中で音が流れるのが聞こえた。
「……は?」
「だから、花邑、危篤だって。本当はこういうの言っちゃダメなんだけど、なんか、花邑のお母さんが仲良かったやつにだけ言ってくれ、って……そんで、藍に電話したんだけど……」
尚太郎の言葉が終わるか終わらないかのうちに、藍は駆け出していた。
走っても間に合わない。
頭の隅では分かっていたが、藍は走るしかなかった。
その日、由宇は藍の世界から消えてしまった。線香花火が消えるように。
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