#5 夏になったら……
「藍、夏になったら花火しようよ」
「そうだね、そしたら、あの公園で良いか……神社の向こう側のさ」
「うん」
由宇の声はにじんで宙に消えていった。藍は勢いよく身体を起こす。
――夢だ。
失くしてしまった昨日をなぞるだけの、つまらない夢だ。この夢に続きはない。
乱れた呼吸を落ち着けるように胸をなでると、藍はベッドから出た。身体はほんのりと汗ばんでいる。リモコンを探しエアコンのスイッチを入れると、冷たい風が部屋を冷やしていく。
あれから時間はいとも簡単に流れていった。
この世界から由宇がいなくなっても、藍の時間は変わらずに流れていった。そんな日々を受け入れることができなくても、抗うことはできず、ただ漫然と日々を過ごす。
そうして、ただ生きているだけで日々は流れ、藍は大学生になっていた。
あの日、藍は由宇の最期に間に合うことはなかった。線香花火の燃えかすを持ったまま、辿り着いた病院の駐車場で立ち尽くすしかなく、どうすることも出来ない無力さを痛感した。
支度を済ませた藍は玄関に向かった。家の中に向かって「行ってきまーす」と声をかけると、玄関を開ける。まだ午前中だというのに、太陽は刺すように降り注いでいる。
「藍! 今日、帰り遅い? 早い?」
あまりにも威勢の良い太陽光に逡巡していると、家の中から母の声が追いかけてきた。
「今日は、ちょっと遅いかな」
「そう。それじゃ、気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
何気ない日常のやりとりを終えると、玄関を閉め、藍はのろのろと歩き始めた。
しばらく歩き続けると、背中に汗が伝っていくのを感じる。
茹だるように暑い日だった。
きっと、今日も記録的な暑さになるに違いない。
藍は歩き続ける。二度と取り戻せない日々を思いながら。
見上げると空は青く、遠くには大きな入道雲が膨らんでいる。季節はすっかり夏だ。
夏が巡ってくる度に何度でも思い出す。線香花火が消えるまでのあの時間を……。
線香花火が消えるまで 理唯 @padawan-panda
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