ただそこにある

雛形 絢尊

ただそこにある

四ツ谷駅に到着すると私の右側でドアが開いた。

一斉に降りる客が足を進め、

乗る客が足を差し出した。

何気なく先ほどのニュースが気になり出して

その記事を再び探す。


とくに理由もない

暇つぶしの一環の作業ではあるが、

やけになってそれを検索欄に打ち込む。


その最中やけに視線が気になりだして

ふと顔を上げると見覚えがあるようでなさそうな、華奢な男がこちらを見ている。


頭の随所を探し回るがすぐ近くにあった記憶は

だいぶ前のことであった。あれは学生時代、

同じ教室に、すぐ近くに座っていた。


そういう状況になればなるほど、

不意にその名前が出てこない。


私はとにかく誤魔化すように

覚えていないということを隠す。


最初に切り出したのは彼の方であった。

久しぶり。


左手を何気なく挙げた彼は寄れたシャツを着て、

寝不足であるのだろうか。その左目の隈が目立つ。対する私はまだ名前を思い出すことができない。


しかしながらここまで彼がしてくれたのにも

関わらず無視をすることもできない。


久しぶりと同じように彼に返すと、

にっこり彼が笑ったことで少し安心感が芽生えた。


そこまで仲が良かったわけでもないし、

特別それといった思い入れもない。


このまま彼と話すのは

私にとって吉なのか凶なのか?


話の盛り上がりに欠ける、

そう私は第一に考えてしまった。


あの久しぶりからおよそ30秒ほど経過したか?


とはいえスマートフォンに目を向けることも

何か違う。彼からの言葉を待っている私がいた。


そう思った途端に彼の口が開いた。


「元気?」


まさかの問いかけに私はたじろいでしまった。


元気でもあれば元気じゃない。その曖昧な答えの

言葉が見当たらず、元気だとただ返した。


対する彼はそっか、と少しだけ笑みを浮かべる。


その返答の意味を探ろうとすると、

続けるように彼が言った。


「隼也って覚えてる?」


少し頭で考えて思い出した。とはいえ

頭にパッと思い浮かべるようなものでもなく、

ぼやけたようなものであったが。


「覚えてるけど」


彼は吊り革を握りしめるように持ち直した。


少し車両が揺れ、私がバランスを崩したと

同時に彼はこういった。


「四年前に死んじまったんだ。

オリンピックの後だったかな確か」


言葉が浮かばないというのは実際に

あるのだろうか、その疑問が今解決した。


喉の奥を少しの力で締められるような気持ち。


隼也といえば昔、よく遊んでいた。

行動という行動を思えば彼とずっと。


「仲良かったよね」


その後の言葉は力の抜けた返事であった。


「まあそうだけど」


「心配してたって、あれから全然会ってないって

いってたからさ。もしどっかのタイミングで

あったら伝えて欲しい元気か?って」


電車が止まると同時に彼のことを鮮明に思い出す。


一斉に揺れ出した吊り革はそのまま揺れ続ける。


彼はそんなことを思ってくれていたのか。

また一斉に扉が閉まる。


「俺は言えた、良かったよまさか会うなんて」


私は頭で浮かべているその言葉を

有耶無耶にさせようと必死に堪える。


「昔はみんな連絡先なんて知らなかったからな、

そんなことあり得るかって思ったよ」


「会えて嬉しかった」


先ほどまでは思ってもいなかった台詞を

ただ口にした。


「あいつもあいつだよな、生きてるうちに

会っておけばもうこれ以上ないのに」


車窓に映る、彼のいない世界が流れていく。

車内のアナウンスでは次の駅が

新宿ということを知らせている。


あ、と声を漏らす彼に再び目線を向けると、

反対側、車窓を指差す。


「あれ、隼也が建てたビル」


その速さで確認することができなかったが、

確かにこの街に彼の建てたビルがある。


その事実だけで昔に戻ったような気がしてやまない。


緩いカーブに差し掛かり、

その重力がこちらに向かってくる。


『次は新宿、新宿』

車両が段々と減速していく、

だんだんと、だんだんと。

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ただそこにある 雛形 絢尊 @kensonhina

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