ヨツハとクローバー

じゃじゃうまさん

一日目 はじめての挨拶

暑い夏。

日差しが刺さる。

この季節になると、俺が俺じゃなくなるみたいになる。

テンションが上がったりしているわけじゃない。昔を思い出して、昔みたいならしくないことをしてしまう。

あの頃の俺を俺じゃない何かだとは思わないが、俺だと断言もできない。

あんなひどいころの俺が、俺であるはずはないのだと。

汗、金属の甲高い音、怒鳴り声と。

心と何かが折れる音。

夢を見ていた、自分が相手の特別に慣れると信じて疑わなかったあの夏を回想すると、今でも頭が痛くなる。気持ち悪いぐらいに。

今日も病院に向かう俺の足取りは、相変わらずのろのろとしている。

病院は嫌いだ。辛気臭いし、子供は多いし、なにより…

なにより。

今日も学校を早退し、定期的にこの病院に通っている。リハビリのためだ。

もうほとんど使いもしないような右足の。

昔といっても、たった3年前の話だ。

暑い夏空に照らされながら、俺は仲間たちと部活動…野球に励んでいた。

ピッチャーだった俺には、才能があった。

異色だったと自分でわかるほど、レベルが違った。

こんな自画自賛はしたくないが、本当に俺は、周りと違った。

球の速さも、打球の快音も、守備でさえも。

当時は本当に一敗もしなかったから、俺は本当に天才なのだと自負していた。敗北を味わったことがなかった。

きっと、これからも敗北なんてものとは無縁なのだと、愚直に信じていた。

きっと、そんな日々が続くと。


「……聞いてますか、駿河するがさん?」


「…あぁ、すいません。」

ワンテンポ遅れて返事をする。すこし物思いにふけりすぎたか…

咳ばらいを挟み、俺の担当者である夜崎さん…夜埼よざき 月影つきえさんは話し出す。目をしっかりと見つめながら、見つめられながら。


「…足はほとんど治ってきていますね。駿河さんも歩いたり、日常の動作はもんだいがないらしいので、課題はないかと。あと一週間ほどでリハビリも終わりでしょうか。それからは定期的にこちらに来て、足の様子を教えてもらえればいいので。」


はい。と返事してみるが、まだ実感がわかない。気が付けば、この足とずっと向き合ってきた。青春と、成功と、挫折の時も一緒に。

まぁ、ほとんどの人間が自らの四肢と共にいろいろな瞬間を送ってきているのだろうが。正直、そこらの大人よりも自分の足と向き合ってきた。

夜埼さんの話も終わり。ベンチに座る。入院生活もあったため、気が付けばこの病院の内装をかなり頭に入れてしまった。この角を曲がると、自販機があって、おいしいココアがあるんだ。久しぶりに飲みに行こうか。

ゆっくりと立ち上がる癖が抜けない。足に負担をかけないように立つ癖が。もう足もほとんど治ってきているし、こんなことをしなくても足への影響はほとんどないが。

見知った看護師たちに会釈をしながら、角を曲がる。すこし広いスペースのところに、いすや机、数台の自販機が置いてある。

赤い自販機に目をやる。


ない。


ココアがない。

なんということだ。おもわず崩れ落ちそうになる。あのココアが飲めないなんて、今日は不幸にも程がある。最悪だ。

周りも見ず叫びたい気分を抑え、ほかの飲み物に目をやる。

自販機に指をさしながら、興味のあるものを選ぼうとする。

ふと、指先に何かが当たる。

「あ、すみません。」

軽い謝罪を聞き流し、飲み物を選ぶ。ぶどうサイダーは好きじゃないし…キメラレモンは気分じゃない…

「…かえでくん?」

誰かが声をかける。少し子供っぽい声だ。どこか聞き覚えがある声だが、看護師ではない。少し下から声が聞こえるし、小学生か。…ん?なら、なぜ俺の名前を知ってるんだ?

まぁいいか。

「…駿 くん?」

「あっはい。呼ばれて飛び出て駿河楓です。」

デカいため息を吐きながらこちらを見上げる。久しぶりに聞いた彼女の名指しについ使ったことのない挨拶が飛び出る。

「…久しぶりですね。こっち帰ってきてたんですか?」

「まぁ…足折れちゃったし。そのまま寮生活より、一回実家戻った方がいいかと思って。久しぶり、委員長。」

「…もう駿河くんたちの委員長はないので、名前で呼んでくださいよ。」

腕を組んで、すこしぷんぷんした彼女の目に惹かれる。相変わらずできれいなエメラルドグリーンの瞳だ。昔から変わってないのは身長だけじゃなかったんだな。

「…。」


東川ひがしかわ 夏目なつめ

俺の中学の頃の同級生で、委員長をしていた。成績がよく、特に暗記がすごかった記憶がある。運動神経と慎重とプロポーション以外は完璧とよく呼ばれていた。

「で、どうした夏目。まさかお前も足折れたのか?」

「違います。」

「まさか妊し」

「…その、私の友達が入院して、お見舞いに来たんです。」

さすが委員長と言いたくなる、彼女の献身精神に。

昔からクラスの母親のような存在である彼女は恋愛的に好きな生徒はあまり聞かなかったが、尊敬している生徒として名が上がり、夏目の陰口を言うやつなんかいなかったくらいには人間として出来上がっていた。

「…か、楓くん。」

「なんで急に名前で。」

「い、いいじゃないですか。さっき失礼なこと口走った罰です。」

…委員長もキャラ変わったな…とふと思う。昔はこんなキャラじゃなかったと思うんだが…。

あのころからもう1~2年経ってるから、不思議ではないのだが。

「…な、何でもないです。さよなら!」

コンポタを抱えながらよちよちと走る夏目。

何回か転びそうになっているのを見て、そんなに変わってないかもとも思う。


ふと、親父から連絡が来る。まだ時間も遅くないはずだが…


親父の連絡で、病院のとある病室に来いと言われた。

言われた病室に行くと、父と母が、一人の女性を見ていた。

開いた窓からなびく風で、彼女の髪が浮く。とてもきれいな横顔に見とれている俺に、彼女はそっと目線をやる。

大人びたような見た目に見えたが、いざ顔を見ると、幼げと言うか、可愛げがある。

親父が俺の方を向き、少し申し訳なさを感じる話し方で説明を始める。

「…今日から、うちの養子として引き取ることになった。立場で言えば…お前の義妹になる。」

「うん。」

「…いや、驚いたりしない?」

「いや、驚いてる。」

「…父さん、ワンチャンいやだって言われるかもしれないと思って少し覚悟してたんだけどなぁ…」

親父が頭を抱える。

「…こんにちわ。」

そんな親父を横目に、彼女はそっとお辞儀をする。よくわからんが、きっとこのお辞儀の角度を黄金比って言うんだろうな。すこし足を休めるために、置いてある椅子に座る。

最初の方にさんざん作ったクール系キャラが、この子の前だと一気に崩壊しそうだ。

四葉よつはって言います。えっと…今は駿河四葉…になるのかな。」

指で髪を絡めながら少し赤い顔でこちらを見る。

「今日からよろしくね、。」


やばい、俺いま恋した。

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