第16話:いったいどういうことなんですのー!!


 お姉様とあの鶏の様子がおかしいですわ。


 メイエリは頬にたくさんの焼き菓子を詰め込んでいた。

 やけ食いである。


 淑女として褒められた行為ではないが、こうでもしないとやってられなかった。

 先日、メイエリは友人に別れを告げた。友人であることをやめた。

 面倒見の良い、快活な友人だった。願うことなら親友としてこれからも時間を共にしたかった。


 だが、メイエリはそれを選ばなかった。


 ロサ。

 別れを告げた友人。表向きは旅芸人である女盗賊。


 彼女はレイヴン家の秘宝、メイエリの姉であるライラックを盗むためにこの街に留まっている。

 ロサが盗みをやめない限り、メイエリが貴族をやめない限り、この友人関係は成り立つものではなかった。


 だから、離れた。さよならをした。


 その上、メイエリはロサの盗みを助長することもした。

 もうバレてはいけない。関わるわけにもいかない。


 そんなメイエリの苦渋の決断があったのにも関わらず、だ。

 ライラックとコリウスの関係が変わっているような気がするのだ。それもメイエリが想定していない方へと。


 何というか、何かが変わったのだ。雰囲気とでもいうのだろうか? とにかく、何かが変わった。そうメイエリの女の勘は言っている。

 変わらずライラックはコリウスを殴っているし、コリウスは文句を言ってる。


「いったいどういうことなんですの……!」

「メイエリ嬢、いるか?」


 そんなメイエリの戸惑いの原因がノック音とともにドア越しから聞こえてきた。


「言った側からきましたわね。開けてくださいまし」


 メイエリに指示され、メイドがドアを開ける。

 ドアの前に立っていたのは顔に青あざがあるコリウス。


「あらあらずいぶんと立派な勲章を顔につけてますこと」

「貴女のお姉様のおかげでな。それで、メイエリ嬢、そのお姉様について話があるのだが、ここで話して大丈夫か?」


 ちらりとコリウスはメイドに目をやる。その動きを見て、メイエリは何を気にしているのか察した。


「このメイドは事情も知っていて、口も堅いので大丈夫ですわ。翼のことでしょう?」


 コリウスはレイヴン邸に訪れた時、ライラックに関して口外しないように口止めされた。それはライラックが翼であることを隠しているからだ。翼や羽を守るため、あえて情報を制限する家はある。幼い翼や羽が大人になるまで、とか。力を使いこなせるようになるまで、とか。

 だが、ライラックの場合、どう見ても違っていた。


「そうだ。どうしてライラック嬢が翼になったことを隠していた?」


 表向き、少なくともコリウスが知っている翼の情報とは違った。

 創世神教、無翼の天使リリウムの翼。フェネクス家の滅びと同時に片翼は消え、残されたレイヴン家の片翼はやり手の老君だった。片翼にはなってしまったが、翼だけでなく、当主としての役目もこなし、民衆からは強い信頼を得ていた。しかし、彼は大病を患い、当主を娘婿に譲り、表舞台から消えた。

 そう、コリウスは自身の見合い相手がまさか翼だとは思ってなかった。


「ライラック嬢が翼になっているということは、先代は……」

「そうよ。お爺様は亡くなり、お姉様が翼になりましたの」


 翼は受け継がれる。つまり翼を継ぐ者が新たに現れるということは、前の翼は亡くなったことになる。


「本来なら、ええ、翼になったお姉様が当主になる。それか当主として相応しくなるまで別の者が支えます。……ですが、お分かりでしょう? お父様はそうしなかった」

「おかしくないか? 不満はあるはずだろ……?」

「言えたらとっくのとうにやってますわ。ですが、力のないわたくしではお姉様を助けるどころか危険に晒してしまうかもしれません」


 どこか遠くを見つめながらメイエリはため息混じりに呟いた。


「お爺様が亡くなる前は、お兄様が翼になるものだとみんな思ってましたわ」

「ハシドイ殿が……?」

「ええ。今までレイヴン家では、翼は一番上の子がなっていたので」

「そう言われるとたしかにそうだな。オレの家もそうだった」


 ハシドイの異様なまでの実力にコリウスは納得する。

 代々そうなるものだと言われていたからコリウスも自覚して生きていた。なら、きっとハシドイもそうだったのだろう。


「だから、ええ、お兄様は翼としてお役目を果たせるように、お爺様がいなくなったあとも大丈夫なのようにずっとずっと頑張ってましたわ」


 政では踊らされることなく業務をこなし、騎士として大陸一と呼ばれるほどの腕前を身に着けたのも全て努力の結果だ。

 年が随分と離れていたからなのかもしれないが、メイエリの自我が芽生えるようになったころにはもうすでにハシドイは子どもであることをやめていた。

 翼として祖父の後釜になれるように、当主として相応しい者になれるように、常に努力すること忘れず、その上、メイエリたちの兄として優しく振る舞っていた。そんな兄をずっと見ていたからこそ、メイエリは兄に憧れを抱いた。


 ……そして、そんな兄を見ていたからこそ胸が痛くなった。


「だけど、翼として選ばれたのはライラック嬢だった。ライラック嬢もだけど、ハシドイ殿も気の毒だな」

「…………」


 コリウスの言葉にメイエリは押し黙る。

 しわがれた、けど、凛とした声。間もなくこと切れるというのに、最後の力を振り絞り、役目を果たそうとした祖父。彼が呼んだのは兄ではなく、姉だった。


 今でもメイエリは思い出す。

 瞬間、異変が起きたかのようにうずくまって声にならない叫び声をあげる姉。その光景をただ呆然を見つめる兄。

 メイエリは驚きつつも納得していた。メイエリが聞いていた当主や翼の役割は堅苦しくて、それこそ、それらすべてをこなせるように努力してきたハシドイなら適任だ。

 だが、メイエリの思う翼とは鳥を空へと連れ出してくれる自由な存在で、ライラックみたいだと思っていたからだ。

 でも、メイエリたちを取り囲む世界はそれを想定していなくて、歪んでいった。



 あの日、全てが変わった。

 ライラックだけでなく、メイエリもハシドイも。



「で、こんなことを聞いて貴方は何を考えているんですの? あまり思い出したくないことを思い出して、わたくし、気分が最悪ですわ」

「そっかすまない。嫌な気分にさせてしまって。この屋敷で過ごしてたらどうしても気になったのと、中途半端に知ると迂闊な発言をしそうだと思ったから聞いたんだ」

「ふん。まぁいいですわ。お姉様に迷惑をかけないための言動のようですし、見逃してあげますわ」

「ああ、ありがとう。ライラック嬢はもうオレにとって大切な……」


 友人だから、と、口を開きかけたところでコリウスは気づく。家柄やお互いの立場上……ましてや現在お見合い中の相手に対して友人発言はよろしくない。周りはコリウスとライラックが友人になることは誰一人望んでいない。

 しかし、コリウスは咄嗟にうまい発言をすることができず言葉を濁してしまう。


「まぁ、その、なんだ。ライラック嬢について知ることができてよかった。お礼に後日、焼き菓子を贈る。うちのところの名産品で気に入ってもらえたら嬉しい」

「え、ちょっと、お待ちなさい。貴方、何を言いかけましたの? お姉様が貴方にとって……」

「じゃ、これで失礼する。ありがとなー」


 しかし、言葉の切り方が悪かった。どうみても途中まで聞いてしまったメイエリからしてみては意味深発言である。気にならないはずがない。

 そんなメイエリの心境をよそに、そそくさとコリウスは部屋から出て行ってしまった。


「いったいどういうことなんですのー!!」


 取り残されたメイエリの暴飲暴食は加速するばかりであった。



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忌み子の翼 ~女盗賊、盗んだ少女がわけありだった~ かぼす @osatoukabos

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