018リックは奇襲作戦に集中できない

矢久勝基@修行中。百篇予定

018リックは奇襲作戦に集中できない

「説明は以上。諸君にはより長く、より強く、戦ってほしい」

 それが、艦隊司令の訓示であった。水杯を一気に飲み干して割る皆の表情は決意に満ちている。

 〝二階から目薬〟と揶揄されたこの作戦は、十二年にも及ぶ第四次宇宙戦争の中でも最大の奇襲作戦であり、無茶無謀という批判を浴びながらの出陣となった。

 悪化した戦況を打開するため、要衝をわざと手薄にして敵主力をおびき寄せ、背後に回って一大拠点を制圧し、退路を断って孤立させる。……というものなのだが、投入戦力にはかなりの開きがあり、防衛部隊、奇襲部隊共に、最大限うまくいったとしても勝利の可能性はニ十パーセント程度とされていた。

 リックは奇襲部隊に所属している。『魔兵(マビョウ)』という人型の巨大兵器に乗り込むパイロットであり、一般兵ながらその戦いは大胆かつ攻撃的で天才パイロットと称されていた。

 奇襲部隊は隠密性を重視するため規模は極少で、一見すると輸送船と護衛艦が航行しているかのようだが、実際は兵装をも偽装している駆逐艦群であり、中央のステルス小型空母を旗艦とする機動部隊である。

 ここまで、艦隊が発見された兆候はない。突入だけなら成功しつつあった。


 発艦を間近に控え、リックの所属する02小隊も最後の時間を過ごしている。小隊長アルフレッドの『魔馬(マンバ)』に四機の『魔兵』が付き、B地点と仮称された北東より侵入し、敵を圧迫する。しかし先ほども述べたように、本隊が出払っているとはいえ、残る防衛隊の戦力はこちらの奇襲部隊よりも高い。死を覚悟した出撃となる。

「ランデル。遺書か?」

 リックは中甲板第四区兵室のテーブルに向かっている男に声をかけた。

「ん?」と顔を上げ、おどけた目をしたランデルは

「遺書っちゅーか、……恋文ってヤツやな」

「恋文?」

「あらためて、嫁と逢った頃のことを思い出してたら、無性に書きたくなったんや」

 軽く吐き出す言葉に、死をも覚悟した男の決意が感じられる。

「ま、実際に届くかは知ったこっちゃないんやがな」

「届くさ」

「さすがリックやな。こん状況でもそう言い切る貴様と同じ小隊で心強いわ」

「そう思わないと、生きられるものも生きられないぜ」

 ランデルはそれには答えない。代わりに「へぇ~」とため息をつき、

「ラップマンがうらやましいナァ」

「なんでだよ」

「貴様知らんのかぃ。飯炊きのメルとくっついたんやで、アイツ」

「ほんとかよ」

 艦には女性クルーもちらほら乗っている。もちろん任務中にいちゃつくことはできないが、ひそかに気持ちを伝えることくらい、暗黙の了解となっている。

「じゃあ今はどっかにしけこんでんのかな」

 リックが呟くと、ランデルは苦笑った。

「野暮なことすんなよ」

「しねーよ。ただ、そら確かにうらやましいなってな」

「逢える分……な。まぁ、せやけど、やっぱ地球に残っててもらってる方がええわ。その方が……少しでも長く生きられるし……」

「おいおい、弱気になんなよ。絶対また、嫁さんに顔見せてやろうぜ」

「ああ。無論や」

 薄く笑って、リックはその場から離れる。恋文の邪魔だ。


 リックが通路に出て少し歩くと、よく知る顔に出くわした。

 ザムジー。……同じ小隊なので、ここらにいるのは当たり前なのだが、驚いたのは応急部のメラミーがその目の前にいて、泣いてるところだ。

 ただ彼女はリックの存在を目に留めるとバツが悪そうにザムジーから離れる。

「なんかあったのか」

 ザムジーは振り返り、

「リックか。いや、何でもねぇ」

 まぁ、決死の出撃前だ。察しはつく。

「邪魔したな」

「いや、別に邪魔じゃねぇって」

「いやいや、メラミーはそう思ってないぜ」

 言えば、さらに向こうを向いて顔を見せないようにするメラミー。リックは苦笑い、彼女の方へ声を投げる。

「本当に邪魔する気はないんだよ。よく顔を見せてやっておけよ。その方が、ザムジーも死に物狂いで生き残るさ」

「……」

 リックはそのまま、早々に立ち去った。出撃前にコーラが飲みたい。


 がこんという音と共に自販機から吐き出されるコーラ。釣りも出てきたがそれを拾うかを一瞬迷う。

 プルタブを開け、喉にコーラというものの記憶を刻む。これでもう、死ぬことがあってもコーラの味は忘れまい。

 その黒い刺激を胃に感じながら、ふとメラミーの泣き顔を思い出す。

 その涙は、間違いなく出撃するザムジーに向けられていた。突入するのはこの空母も同じだから、メラミーだって命の保証はまったくない。しかし、あれは自分の死に対する恐怖の涙ではない。

 男と女……その前途が悲しみに曇ることへの慟哭が表面にあふれたものであり、二人の関係を知らなかったリックにも、改めてその感情が伝わってきた。

(待てよ……)

 そこでふと……思い当たったことがある。いや……思い当たったというか、思い当たる前のわだかまり。なんとなくモヤモヤしたものがリックの思考を覆い始めた時、艦内にブザーが鳴った。パイロットの機体への乗り込み時間がきたのだ。

 02小隊の五人も飛行甲板へと上がり、それぞれの機体に乗り込む。ここから順番にカタパルトから射出され、それぞれの着地地点へと降下していくことになる。

 ここにきてもまだ迎撃も対空砲火もない。アステロイドベルトのレーダー反応特性を逆手に取った針路は、彼らを完全に覆い隠していたようだ。

 敵拠点である『サン=アルバコア』までの距離はまだ結構あるのだが、この場所から、カタパルトで一気に目標地点まで送り出し、艦隊はできるだけ発見を遅らせるために退避する。拠点を制圧しても空母が墜とされれば攻撃部隊が帰還できないので、ここからの機動部隊の采配は生命線と言えた。

 02小隊はまだ甲板待機。全部で十小隊からなる奇襲部隊はそれぞれ別の地点に展開するため、突入地点の都合で後になる。

 その間、『魔兵』のコックピットで最終チェックを進めるリック。『魔兵』は全高十メートルの量産兵器であり、兵装は左手首から発射されるマシンガンに魔兵槍(マビョウソウ)と呼ばれる長槍のみ。

 隊長機アルフレッドの駆る『魔馬』に比べても性能は劣るのだが、『魔兵』を操る一般兵の中ではその実力は群を抜いている。小隊長アルフレッドもそれを認めており、作戦行動中の彼の突出を許可し、むしろ彼の方がサポートにまわるという逆転現象が起きていた。

 今回も、先陣を切るのこそアルフレッドだが、戦地に展開してからはリックが文字通り一番槍となって働くことになっている。

 それはいい。モヤついてる原因はそれではない。

 リックはコックピットの中でしばし首を傾げ、時に顔を上げて僚機の『魔兵』三機を確かめる。

 ……そして彼は、あるところでかっと目を見開いた。

(ひょっとしてこの小隊で……彼女いないの俺だけじゃないか!?)


〝ひょっとして〟も〝ひょっとしなくて〟もない。

 ラップマンの話は聞いた。ザムジーの逢瀬を目撃してしまった。

 ランデルはもうずっと前に結婚していたし、アルフレッド隊長もそうだ。

「おい、どうしたリック。シグナルに応答しろ」

 隊長機からの通信で、管制シグナルが灯っている気づく。

「あ、すみません」

 ただちに手順を踏むが、アルフレッドの声が引き続いた。

「らしくないな。貴様ともあろうものが、緊張してるのか?」

「いや、そうじゃなくて……」

「分かるよ。厳しい戦いだ。ただ、オレたちの働きには地球の存亡がかかっている。……貴様がしっかりしなければ作戦がおぼつかないんだぞ」

 いやむしろ、出撃とかそんなことより……

「まぁ、発艦までにはもう少し時間がある。それまでに、貴様は自分自身を信じるんだ」

「は、はぁ……」

 出撃よりも、何か自分が人生において、ものすごい過ちを犯してきた気になって落ち着かない。

「オレも昔……貴様くらいの頃かな……特別軍事作戦に参加した際……」

 そんな思惑をよそに、アルフレッドの見当違いな教訓話が続いている。当然リックの耳には全然入ってこない。思うことは一つだけ。

 ……なぜ、自分だけがボッチなのか。

「隊長。自分は何がいけないんでしょうか」

「あ? ナーバスになっているな。心配するな。貴様は素晴らしいパイロットだ。次世代を担う、旺盛なエネルギーと精神を兼ね備えている」

「……パイロットとしての自信と自覚はあります」

「そうか。だが過信は禁物だぞ。……オレが以前強硬偵察で前線に潜った時……」

「隊長。過信をしてるつもりはないんですが」

 また長話になる前に、リックは話を割った。

「ふむ」

「思っているのは、どうして俺だけがボッチなんでしょうかってことです」

 アルフレッドから、しばらく通信が途絶える。再び流れてくる声は先ほどと同じように柔らかいものだった。

「貴様は決してボッチなんかじゃないぞ。オレやランデル……ラップマンもザムジーも、貴様を一人になんてさせやしない」

「いや……隊のことではなく……」

「そろそろ集中しろ。貴様は必ず生きて帰ってこなければならない。……心配するな。オレたち02小隊が負けるわけがない」

「はい……」

 はい、としか言いようがない。


 だがもちろん、今のではリックのモヤモヤは解けない。彼はラップマンへの回線を開いた。

 通信機越しの声は浮ついている。

「メルかい!?」

「んなわけないだろ。集中しろよ。出撃だぞ」

「ボク、必ず帰ってくるから!」

「おい、聞いてんのか!!」

「地球に帰ったら、夕陽をバックに、改めてキミにプロポーズするんだ。『いつまでも離さないと、この夕陽に誓う』って……」

 まさか回線が開いていることに気づいてないのか。

「ラップマン! 貴様そんなんじゃ生きて帰れるものも帰れないぞ!!」

 自分のことはに上げて、とりあえずたるんでる後輩を叱った。だが返答は、リックに返しているのかも怪しい独り言だ。

「いや……ボクは必ず帰る。キミを置いては死ねないよ」

 唖然となった。呆れではない。怒りではない。

 これがリア充というものか。これが青春というものか。なぜ、今まで自分にはそういう感情が芽生えなかったか。

 いや、答えも知っている。戦士というものはもともと女などというものも考えないものと思っていた。戦に勝つため、地球の存亡のため、粉骨砕身その任を全うすることだけを考えて生きるのが軍人だと思っていた。

 が、ふと周りを見回してみれば、恋愛という、誰もが享受すべき人間の基本プロセスを誰もが踏んでいる。それができていない自分が今、とても不完全の物のように思う。今回の厳しい戦場で死んでしまう覚悟をするほど、なおさらその不完全が口惜しい。

 とはいえ、今のラップマンは行きすぎだ。これでは確実に戦場で後れを取ってしまう。

「ラップマン!!」

 一喝し、ようやく我に返る後輩パイロット。

「え、あ、はい!! 出撃時刻でしょうか!!」

「たるんでるぞ! 集中力の欠如は隊全体を危険にさらす!」

「す、すみません!!」

「女のこととか、なんで自分だけがボッチなのかとか考えている場合じゃないんだ!」

「なぜ自分だけボッチなのかとかは考えてません!!」

「当たり前だ!! 今そんなことを考えてる奴は馬鹿だ! 相当の馬鹿だ!!」

「は、はい!!」

 しかし、内心ではうらやましい。気づかなければ気づかないですんだことなのに、気づいてしまうと異様に気になる。

 なぜこのなよなよした男に彼女がいて、自分にはないのか。モヤモヤは募る一方だ。

「なぁザムジー」

 ラップマンとの回線を切った彼は、もう一人の同僚に話しかけた。

 先ほどメラミーを泣かしていた男……。先ほどはかっこつけて通り過ぎたが、今思えば、この男にも、泣いてくれる女がいる。

「俺とお前の違いってなんだ」

「んん?」

 ザムジーは少々面食らったようだが、

「そりゃぁ、お前は優秀なパイロットだよ」

「そうか……」

 彼はその言葉を平坦に受け取った。ふだんならこそばゆい言葉なのかもしれないが、今は別の心が忙しい。

 優秀なのと女にモテるのは違うのか。なぜ優秀なのに俺だけがボッチなのか。

「今だから言うが、お前の才能には嫉妬してるよ」

 自嘲混じりのザムジーと比べても、それほどブサイクだとは思えない。いやむしろ、俺の方がやや美形だ。にもかかわらず、コイツに彼女がいて俺に彼女がいないのはどういう怪現象なのか。

 ザムジーの発言は相棒との最期の会話を覚悟したカミングアウトだったが、悶々としているリックは動揺する様もフォローする様も見せない。ザムジーは寂しそうに笑う。

「ま、お前にとっちゃ取るに足らないことかもしれないがな。おれもトップを目指したパイロットだ。才能ってヤツは残酷だなと思ってるよ」

「ザムジー」

「ん?」

「何事も才能がすべてだと思うか」

 やはり、女を作るのも、才能の一つなんだろうか。

 本来男と女が愛し合うのは子孫を残すためだ。それはつまり人類というくくりでいえば生存本能ともいえ、その才能がないとすると、つまり自分は生存する才能がない……ということ、なのか!!

 が、ザムジーはそのやり取りを別の意味で受け止めている。

「分かってるよ。才能だけじゃねぇ。努力も必要だって言いたいんだろ? 確かにお前は努力もしてた。青春のすべてを懸けて、『魔兵』の操縦に磨きをかけてた。……いつもすげぇと思ってたよ。出た給料を飲み食い女に使わず、シミュレーターを買って鍛錬と研究を続けたお前を尊敬してる」

「それだ!!」

「……ああ、分かってるよ。今となっちゃ、女にかまけていた自分が恥ずかしい」

 原因は、『魔兵』に対する理解……技術に懸けた時間。……なのか?

「……お前はひたむきさが違ってた。時間はどう使っても一日二十四時間だからな。月末の給料を楽しみにするオレたちとは作りが違ってたんだよ」

 では、自分も女に時間をかければ、彼女ができるのだろうか。いや……

 そこに、それほどの自信がない。今までの時間すべてを女に費やしたら、むしろそんな男からは女は離れていく気もする。

 しかし、それはそれで試してみたい。そして試してみたい奴がいる。このような、世界の終わりの一時間前のような状況ならなおさら、その気持ちは募った。

「……とにかく、お前をこんな作戦で失うのは我が軍にとって損失なはずだ。……生き残れよ」

 ザムジーの声にはこの無謀な作戦への哀愁が漂っている。しかし、リックはそれどころではない。


「ランデル」

 リックはまた別の回線を開き、一番頼れる仲間の名を呼んだ。

「貴様、アルフレッド隊長を説得する方法、思いつかないか」

「作戦前や。何を説得する」

「俺がこの作戦に参加しないよう説得……」

「無理に決まってんやろボケ! おじけづいたんかぃ!」

「そうじゃない」

 リックはコックピットで身を乗り出した。

「俺にはやり残したことがあった」

「やり残したこと?」

「ああ」

「それはこの作戦よりも重要なことなんか」

「俺の人生に関わることだ」

「それはなんや」

「ナンパがしたい」

「はぁ……?」

 リックは、続けた。

「俺が生まれてより十八年。一度も彼女というものを持ったことはなかった。……だが気づいたんだ。それはつまり、人間の生存本能に訴える部分が欠如していることなのだと……」

 それではこの戦いを勝ち抜けない。人間としてのバイタリティを持っているかを試したい。

「そのための、ナンパなんだ!!」

「あとにしーや!!!」

 ランデル、マジ切れである。

「今はふざけとる場合やない!!」

「ふざけてない!! 貴様にボッチの気持ちが分かるのか!!」

「だいたい今は遠征中や! どこでナンパする!!」

「艦内があるだろ!」

「艦内はもう全員くっついてる! フリーは清掃のオバサン(七八)しかおらへん!」

「はぁぁぁ!!?」

 いくら人手不足だからといって、戦闘艦の清掃係が七十八歳というのはさすがに問題ではないだろうか。……いやいや、そうじゃない。

「第一砲塔のリサもか!?」

「リサなんか八人男を変えてるぞ!」

「船倉管理のメリルも!?」

「メリルは四回離婚して先月五回目の結婚をした」

「通信係のドーラは!?」

「あれはそもそも男の娘だ!!」

「なにーーーー!!!!」

 リックの胃の腑はひっくり返ったようになった

「ド、ドーラが!?」

「間違いない」

「じゃあホントにこの艦内終わってんじゃないか!!」

「清掃のオバサンのオバァ=サーン(七八)ならフリーや!!」

「還暦以降はさすがに対象外だ!!」

「そもそもここは貴様の合コン会場やない!!」

 その時、とうとう出撃のシグナルが灯った。こうなるとさすがに後には引けない。

「クソッ!!」

 もはやヤケだった。どうも世の中というものはうまくいかない。彼は怒りに任せて操縦稈を握ると、押し出されるカタパルトの力を借りて、伸びあがるように空母から発艦した。


「うらぁぁぁ!!!」

 マシンガンをばらまき降下するリック。突入した敵拠点『サン=アルバコア』は地政学的に要衝であるにもかかわらず、近くに基地として機能する星が存在しない地域に造られた人工惑星(コロニー)である。

 この世界のコロニーはまだ技術的には未熟で、どうしても強力な防衛力を備え付けられない。本来ならその分多くの兵を配備しなければならないのだが、一大防衛拠点を囮にしたことにより敵の主力艦隊は出払っている。ここで『サン=アルバコア』を無力化できれば艦隊は孤立するし、以後、敵はかなり後退したところにまで後退しないと修理や補給が受けられない。

 撃ちあがる対空砲火が赤い礫となって視界を覆い、奇襲部隊の何機かが被弾した。が、計十小隊からなる精鋭部隊は一機も撃墜されることなく、重力庭に着地する。リックたちの02小隊も各個降り立つと突撃を開始。

「どけコラァァ!!」

 怒涛のように降り注ぐ大小の砲弾をバーニアの巧みな操作ですべて空しくしたリックが敵の陣地の一つに飛び込む。そこを一息に沈黙させた彼はさらに加速した。

「……いつもながらにすげぇな……」

 味方であるはずのザムジーですら呆れるペースでの進軍である。リックを突出させ過ぎないように懸命に追いながらサポートに入るのが、隊長機も含めた02小隊の基本戦術となっていたが、いつにも増して、リック機のペースが速い。

「ちょっとリック先輩、飛ばし過ぎじゃありません?」

 援護射撃を続けるラップマンが呟き、

「頼もしい限りだがな」

 答えたアルフレッドがグレネードを投げ、リックの突入を容易にする。すでに最前線の堡塁は破壊され、02小隊は第一目標地点を程なく突破。他の九小隊の進捗を考えても段違いに速い。


 コロニーには重力を維持するためのコアがいくつか設置されており、それらを破壊するとコロニーとしての機能が維持できなくなる。それを破壊するのが小隊ごとに散らばった十部隊に課せられた任務であった。

 前線を突き破った02小隊の前に、敵の人型兵器である『レノア』『ボールド』を基幹とする計十機が立ちはだかる。が、リックの勢いは止まらない。

「邪、魔、だぁぁぁぁ!!」

 扇状に発射され、どのように動いても命中する機関銃の弾を被弾覚悟で突撃し、装甲版に穴を開けながら敵機の一つに肉薄、自身の持つ長大な槍でそれをなぎ倒した。

「死ぬれボケェ!!」

 その間も怒声が回線から途絶えることがない。勢いはともかく、今回はやけに怒っている。

「どうしたんだ。アイツ……」

 アルフレッドもいきり立った通信を拾って戸惑い始めた。ラップマンがおずおずと、

「ボク、さっき怒られました。そのことなのかな……」

「理不尽にか?」

「いえ、ボクがいけなかったです。それで怒ってるんでしょうか」

「いや、奴は何か才能について悩んでる様子だった。それを振っきろうとしてるんじゃねぇか?」

 ザムジーの言葉に、ランデルが唸る。

「アイツ、今からナンパしに行きたい言うてたぞ」

「はぁ? そんな馬鹿なことをアイツが任務の前に言うわけねぇだろ」

「せやけど……」

 通信の間にもリックは暴れている。サポートがあってこそかもしれないが、瞬く間に三機を破壊し、圧倒的劣勢をものともしない。怒りに任せて槍をつき通し、針の穴を通すようにして絶え間ない相手の反撃をかいくぐるその姿はまさに八面六臂だ。

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

「……なんでアイツ、あんなに怒ってるんだ……」

 至近距離で放たれたカノン砲に対し、サイドバーニアを噴かして回避する。リック機の脇たった十センチで抜けていく砲弾。未来を予知してなければできないような回避に呆然とした敵機に、魔兵槍を袈裟に叩きつけた一撃は反応できなかった。

「うぉぉぉぉ!! どぉーーるぁぁぁーー!!」

「ん……?」

 魔兵弓というボウガンを放ったランデルが言った。

「今、ドーラとか言わへんかったか?」

「ただの掛け声では?」

「そっか……」

 ラップマンの返答に納得する。母艦にはドーラという男の娘がいるし、しかも先ほどその話題を上げていたからニューロンが繋がってしまっただけかもしれない。

 それに、そんなことを気にしている余裕はなくなった。ラップマン機に基地砲台から発せられた砲弾が命中したのだ。

「うぁぁぁぁ!!!」

 急速に機能がダウンする。基地砲台というものは据え置きにできる分大口径の物が多く、一発が命取りとなる場合もあった。

「ラップマン!!」

「だ、大丈夫です! 弾薬庫誘爆は免れました!!」

 ザムジー機がサポートに入り、大口径のバズーカを砲台に撃ち上げる。その隙にランデル機がラップマンの『魔兵』を後退させた。

 が、それが、リックを孤立させた。集中砲火を浴びたリック機は、それでもそのほとんどを回避したが、いくつかの命中段が左腕を飛ばし、いくつかのバーニアに損傷を与えて姿勢制御装置を破壊する。

 ダウンしたリックの目の前で敵機がカノン砲の砲口を向けている姿が見え、彼は死を覚悟した。


 人間はハッキリ死を覚悟した時、時間がゆっくり流れるという。

 撃ち出されたカノン砲の信管がはっきりと迫ってくるのが見え、さらに生まれてきてからの、いろいろな思い出が交錯する。

(これが走馬灯ってやつか……)

 本当に、本当にゆっくりと時間が流れてゆく。世話になった上官や、配備された艦のクルーたちの笑顔、アルフレッド隊長、ザムジー、ランデル、ラップマンの顔……。

 ……その記憶の淵に、彼は一人の女性を見た。

「必ず……帰ってきて……」

 黒い空間の少し先で振り返った彼女は、彼にそう語りかける。

 この女性を、リックは知っている。いや……

 リックは思わず叫んでいた。

「ドーラ!! 思えば俺はキミをずっと想ってた! 出撃直前になって、ようやくそれに気づいた!! ……なのに、なのに!!……キミが男の娘だったなんて!!」

 ようやく拓けた人間としての当然の感情と、その感情を洗い出して思い出された一人の女性の存在と、それが実は男だったという動揺と……

 短い時間に様々な情報を詰め込み過ぎた。心がそのギャップに耐えられなかった。耐えられない感情を〝怒り〟という表現でしか示せなかった。

 どうしていいか分からない。そんな中、彼女は、記憶の中で微笑む。

「ううん。私は女だよ」

 彼はその答えに、目を見開いた。

「ホントか!?」

 微笑むその姿は、確かに女神と信じて紛うことはない。

「だから……必ず、帰ってきて……」

 ……一瞬だった。そのやり取りは一瞬だった。しかしリックは、確実に覚醒した。

「うぉぁぁぁぁぁぁ!!!」

 それは間に合うはずのない、まさに神懸った回避であった。彼の操作が『魔兵』を跳ね上げ、螺旋状に回転し伸びあがる過程で、砲弾はその回転力にいなされて信管が働かないまま方向を変えた。次には目の前の敵機に魔兵槍を打ち付けて離脱を図り、ラップマンを狙う一機の背中の背中にその槍を投げつけ、貫く。……それで、迎撃に出てきた十機はすべて粉砕された。

「大丈夫なのかリック!!」

 小隊長の声にリックが叫ぶ。

「大丈夫です! 今、俺の中で女神が微笑みました!」

「珍しいことを言いやがる」

「ドーラが走馬灯に立ったんですよ。俺をあの世から連れ戻してくれました」

「ドーラ……? 通信員のか?」

「そうです! おいランデル。やはりドーラは女だったんだ!」

「そ、そっか。せやな」何かを察し、争わないランデルに、

「リック。ドーラはな……」深刻そうな声で何かを言おうとするアルフレッド。……ランデルは鋭くそれを制した。

「小隊長!! 無駄話をしてる場合やおまへん!」

「そうだな。……リック。行けるのか?」

「そりゃもう。マシンガンなんざ使わなくたって何とでもなります!」

 吹っ切れたリックは魔兵槍をクルクルと手の中で踊らせてみせる。人の手ならともかく、メカの機体でやるのは、それだけで見事な操縦であった。

「よし、ラップマンには救援機を寄こしてもらって、私たちは引き続き任務を続けるぞ!」

「了解!!」

 三人の声がはもり、任務の遂行に向けて再びスラスター装置を起動する。

 ただ、香ばしい笑みを浮かべたランデルはもちろん、無言で受け流したザムジーと、黙らされたアルフレッドはそれぞれ……

 都合のいい幻を見たリックに、後でどう申し開きをするかを、考えなければならなかった。

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