EP 52

賢者の石と鉄の巨人

『モールⅠ』が静かに膝をついた工房は、失敗の落胆ではなく、問題解決へ向けた熱い議論の場と化していた。

「問題は、優斗の魔力結晶から供給されるエネルギーが、あまりにも純粋で膨大すぎることにあるわ!」

エリーナが、煤だらけの顔で設計図に数式を書きなぐりながら叫ぶ。

「私の作った制御回路では、蛇口を全開にした消防ホースの水を、ティーカップに注ぐようなもの! 完全にキャパシティを超えているの!」

「うむ」

大親方の一人が、長い髭を扱きながら頷いた。

「わしらが伝説級の武具を鍛える際、強大すぎる魔力を抑えるために、“鎮静のルーン”を刻んだ黒曜石を緩衝材として使うことがある。あるいは、その応用で……」

ドワーフの伝統技術と、エルフの最先端魔工学。二つの偉大な知性が、解決策を求めて火花を散らす。だが、どちらの案も、実装には数週間、あるいは数ヶ月の時間を要する複雑なものだった。

その議論を静かに聞いていた優斗が、ふと、一つのアイデアを口にした。

「……ねえ、みんな。溢れる水を無理やり堰き止めるんじゃなくて、一度、別のダムに貯めてから、必要な分だけ流すっていうのはどうかな?」

「「ダム?」」

仲間たちが、きょとんとした顔で優斗を見る。

「つまり、魔力結晶から直接ゴーレムにエネルギーを送るんじゃなくて、間にエネルギーを一時的に溜めておける“蓄電池(バッテリー)”のようなものを挟むんだ。ゴーレムは、そのバッテリーから安定したエネルギーを受け取る。そうすれば、暴走は起きないんじゃないかな」

「なるほど! 緩衝材(バッファー)を挟むのね! でも、そんな膨大な魔力を、ロスなく溜めて、安定供給できるような都合の良い素材なんて……」

エリーナの言葉に、優斗はにっこりと笑った。

「――それなら、僕が作るよ」

優斗は工房の隅から、人間ほどの大きさの水晶の原石を運んでくると、その上に両手を置いた。

(イメージするのは、完璧な結晶構造を持つ、魔力のための器。エネルギーを受け入れ、蓄え、そして求めに応じて静かに放出する、世界で最も優れたコンデンサー!)

《物質変換》が発動する。

優斗のスキルは、もはや単なる物質の変化ではない。彼の持つ現代知識と、この世界の魔法理論が融合し、物質の内部構造そのものを、原子レベルで再構築する領域に達していた。

水晶の原石がまばゆい光を放ち、その内部に、幾何学模様の、何百万ものミクロな層が形成されていく。

光が収まった時、そこにあったのは、内部に銀河を封じ込めたかのように、複雑な光を放つ“賢者の石”とでも言うべき、完璧な魔力調整結晶(レギュレーター・クリスタル)だった。

「……信じられない。理論上しか存在しなかった、完璧な魔力媒体……!」

エリーナは、その結晶を、まるで神の創造物でも見るかのように、うっとりと見つめていた。

数日後。『モールⅠ』改め、『モールⅡ』と名付けられた完成機の、最終テストが行われた。

優斗の作ったレギュレーター・クリスタルを搭載した鉄の巨人は、もはや暴走の気配など微塵も見せず、操縦士の意のままに、滑らかで、そして力強い動きを見せつけた。

巨大な岩盤を、豆腐のように切り崩し、寸分の狂いもなく積み上げていく。その姿は、もはや兵器ではなく、創造のための芸術だった。

テストを見守っていたドワーフたちから、地鳴りのような歓声が上がる。

ガントが、興奮に顔を輝かせながら、優斗たちの元へ駆け寄ってきた。

「完璧だ! いや、完璧以上だ! 優斗殿、エリーナ殿! 『ドワーフ・フロンティア開発』は、今日この瞬間から、我が国の未来を掘り進める最大の力となる! 直ちに量産体制に入るぞ!」

仲間たちは、静かに頷き合い、完成した鉄の巨人を見上げた。

それは、種族を超え、世界の常識を超え、仲間たちの才能と絆が結集して生まれた、新たな時代の象徴。

優斗たちがドワーフの国で成し遂げた革命は、今、まさに大地を揺るがし、動き出そうとしていた。

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異世界転生×ユニークスキル【物質変換】で石をパンに変えて無双する!? 月神世一 @Tsukigami555

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