そして朝日に出会うまで
背尾
そして朝日に出会うまで
夜空を走る鉄道を導く光は、太陽柱なのではないだろうか。太陽柱を初めて教科書で目にしたとき、まどろみの中でそんなことをぼんやりと考えていた。その光は自分を銀河の世界まで導いてくれるのだろうか。星と星の間を漂いながら、無数のまばゆい光につつまれ、いつしかこの世界から自分を連れ出してくれるのだろうか。
夜明け前の独特の寒さで悠生は目を覚ました。眠りが浅いのはいつものことだ。軽く身支度を済ませ、ひとつ息を吸って玄関のドアを開けた。頬に突き刺さる冷気はまるで日本とは思えない。悠生の地元も勤務地だった東京も、ここまでの寒さを感じさせることはなかった。彼は一か月前にここに引っ越してきたのだ。銀河鉄道を求めて。
彼は十数分歩いたところにある立体駐車場へ向かった。車はまばらで、無機質で不愛想なコンクリートだけに囲まれた不思議な空間。彼の目的は、サンピラー現象をカメラに収めることだ。冬の早朝に稀に見ることができる天へ向かう光の柱、つまり太陽柱のことをサンピラー現象という。
カメラを片手に、もう片方の手でコートの襟を引き上げた。この土地の冬は寒すぎる。三十回通ったためさすがに慣れた道を、今日もいつものように速足で歩いた。東京で通勤していたころの癖が抜けないのだ。一定のリズムを刻みながら歩を進めていたが、途中でぴたりと立ち止まる
そこにはかっちりとスーツを着込んだ青年が立っていた。誰かと話し込んでいるように見える。悠生は思わずその青年に見入ってしまった。目の奥が凍てついているかのような涼しい顔つきと、それと対照的に情熱的な体躯。一般人でないことは容易に想像できる。裏社会の人間なのだろうか。悠生は目を凝らした。
青年の声がぴたりと止み、足音が一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。悠生は青年に目をやったまま動かずそこに立っていた。青年は悠生に近づくや否やカメラを取り上げ、もう片方の手で悠生の両手を後ろ手に拘束しコンクリの柱に押し付けた。
「撮った?」
青年の短く冷たい声は肌を刺す冬の空気に似ている。悠生が首を振るとカメラをいじりはじめ、メモリーカードを抜き取った。
「今あんたを殺すとさ、いろいろと面倒なわけ。それじゃまた」
言いながら軽く悠生の肩を叩き去っていった。
悠生は駐車場の屋上に向かいながら考えていた。一体あの男はなんなのだろう。服装や言動からして犯罪者であるに違いない。それに気付いたとて悠生は怯えず、それどころか明日もまたここに来るつもりでいる。明日自分の身に何が起ころうが関係ない。悠生の目的はただ一つ、銀河鉄道を導く光を見つけることだけだ。
その日もまた、太陽柱を見つけることはできなかった。しかし悠生はしばらく屋上に留まり、朝日が昇るのを眺めていた。ここでの時間はとてもゆっくりで、心にも余裕ができたように思える。以前は空を見上げる余裕などなかった。
吐く息は白く睫毛の先は寒さに凍えている。乾いた空気を少しずつ吸い込みながら、ゆっくりと肺の温度が下がっていくような感覚を味わった。
太陽がだいぶ眩しく感じるようになったところで駐車場を降りた。そこにはもうあの青年はいなかった。そういえばあの青年はいったい何をしていたのだろうとカメラを見返そうとして、メモリーカードを抜かれていることに気づいた。
別に大した写真は入っていない。星空やたまに見かける野生生物を撮影していた程度だった。そもそもこのカメラを買ったのは太陽柱を写真に収めるためであって、元から写真が趣味だというわけではない。スマホで十分だろうかとも考えたが、なんとなくカメラが欲しくなったのだ。毎日のこの時間くらい、外界から遮断されてみたかったのかもしれない。
立体駐車場を抜けると、そこにはあの青年が立っていた。うっすらとした笑顔が口角に張り付いて胡散臭い。
「長かったな」
「待たせた?」
悠生も同じような笑みを浮かべて青年を観察し始めた。セミオーダーメイドのスーツにカジュアルめのハイブランドのフォーマルライン。ハイブランドのわりに堅苦しさは感じられず、センスは悪くない。しかしお金がかかっている割にはあまりファッションに対する情熱が見られない。誰かに着せられているのだろうなとぼんやりと考えながら目線を再び青年の顔に戻す。
悠生に値踏みされたことが不快だったのか、青年はうんざりした目をしながら面倒くさそうに話しだした。
「あそこで何してた?殴ったりしないから話してみな、ほら」
「サンピラーを撮りたくて。それだけ」
青年は眉間をしかめさらに面倒くさそうな顔をしながら「なんだよサンピラーって」と問いかける。
「レアな自然現象で、マンションとかを除けばあそこがベストポジションだったんだ」
ふぅんとつまらなそうに鼻で返事をし、「免許見せな」と手を差し出してきた。悠生は状況をおおよそ理解している。ここで渋れば殴られるか最悪連れていかれるかもしれない。やけにすんなりと免許証を見せる悠生を青年は気味悪そうな目で見ながら小さな面積に個人情報が詰まったカードの写真を撮った。
「これからあんたを監視するから」
悠生は今のところ青年に攻撃の意思がないことを確認して胸をなでおろした。
「俺を守るため?いつでも口封じできるようにするため?」
「どっちも」
悠生は絶望の中に諦めが混じっていることに気付いた。先ほどから飄々と受け答えているように見えるが、それはただ取り繕っているだけだ。なめられた瞬間にすべてが終わると、彼の経験則が語っている。青年の骨格が落とす陰影が人間離れして美しく、現実味がわかなかったことも相まって悠生はいまだに夢の中に浮かんでいるような感覚に揺られていた。
呆然とその日をやり過ごすと、翌朝未明にインターホンが鳴った。嫌な予感がしつつもインターホンの画面を確認すると、そこに移っていたのはあの青年だった。
悠生は扉を開け、うなだれながら青年を出迎えた。
青年は相変わらず好きになれない笑みを浮かべている。
「元気そうでなにより」
悠生は疲れ切った様子で目線だけを青年に向けた。
そして朝日に出会うまで 背尾 @llxxxxxll
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