水煙草盆より入道雲
さわみずのあん
煙
夏。入道雲。
線香。
煙。
私は祖母の真似をして、水煙草を吸う。
ふうと吹き出した白は、風に消えていく。
縁側で、ばぁばが焦げてる。
口から煙を出す祖母の横顔を見て、子どもの頃の私は、そう思った。
慌てふためいた私は、団扇を手に持ち、祖母の顔を、一生懸命扇いだ。
「何すんだい」
祖母が言葉を発した口からは、まだちろちろと、白い煙が舞っていて、
「やめて〜、ひなないで」
とぱたぱたと振る私の団扇を、蚊を追い遣る様に、振り払おうとした。
「やめないかい。全くどうしたんだい」
私は祖母に、祖母が太陽に焦げて死んじゃうかと思った。だから火を消そうとして。ということを、説明した。
「馬鹿だね。だったら煽いじゃだめだろう」
「でもだって、ひちりんのとき」
「七輪のあれは、火を強くするためのものさ」
「すずしいのに? どうして」
「火は暑いと汗をかくんだ。汗は水だから、火は消えちまうだろう。だから涼しくすると、汗をかかなくなって、火は消えなくなるのさ」
と、突拍子もない嘘で、私を煙にまいた。
「あつくないの。もくもく?」
「寧ろ涼しくなるのさ、胸の中がね」
すうとひと吸い。はわとひと吐き。
吐いた白は、渦を巻いて滞留して。
すうとひと吸い。はわとひと吐き。
入道雲のように大きく昇っていく。
「にゅーどーぐも」
「ああ」
「にゅーどーぐものあと、すずしくなるよね」
「ああ」
「そーゆーこと?」
「そういう事さ」
ぷかぷかと吹かす祖母は、そっぽを向いた。
こぽこぽと沸かしていた、水の容器の電源を切った。
蓋を開けて、中に入っていた水を。
ぱしゃり。
と地面に撒いた。
柑橘類の香りがした。
爽やかな夏の匂いだった。
シトラスとライムとミントの夏の夢。
入道雲。
線香。
煙。
私は祖母の真似をして、水煙草を吐く。
すうううううううと、祖母よりも長く。
長く伸びた煙は、天への使者。
水煙草盆より入道雲 さわみずのあん @sawamizunoann
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