📘第14話 言葉にできなかった想い

杉見未希

第14話 言葉にできなかった想い

水曜日の夕方、喫茶店のカウンターで、美羽はじっとカップを見つめていた。

となりに座る拓真は、スマホを手にしている。

どこかよそよそしい、沈黙の時間。


「無理、してない?」

ふと、美羽が口にした。小さな声で、でも真剣に。


拓真は驚いたように顔を上げる。

「え? なにが?」

「その……わたしと会うの。疲れてるんじゃないかなって……」

「そんなことないよ。なんで急に?」


美羽は答えず、手元のカップを見つめたまま。

どうしてだろう、拓真の声が、今日はちょっと遠く感じた。


「だって……わたし、いろいろ気にしすぎるし、急に黙ったり、苦手な音にびくってなったり……」

「美羽、それは君のせいじゃないだろ?」


優しい声。

でも、どこかで「励まされてるだけ」みたいに聞こえてしまった。



空気が沈む。

ふたりの間に、言葉では埋めきれない“距離”ができる。



喫茶店を出て、無言で歩く帰り道。

信号が青に変わる音だけが、やけに大きく響いた。


そして、別れ際。拓真がふと立ち止まって、美羽の肩をそっとたたいた。

「ごめん。……気づけなかった」

「……わたしこそ、ごめんね。ちゃんと、言葉にすればよかったのに」


ふたりの間にあった空白が、ほんの少し、埋まったような気がした。


「疲れてるんじゃないかなって思って……」

美羽のその一言に、拓真は戸惑った顔を見せた。


ほんの小さなすれ違い。

でも、お互いに気づけなかったこと、言葉にできなかったことが、心に残っていく。


それでも最後に、「ごめんね」と「ありがとう」が言えたなら。

少しだけ、心の距離は近づいているのかもしれない。

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