ひとつ傘の下で、

翠容

ひとつ傘の下で、

ひとつ傘の下。

私は猫を抱きながら、雨が止むのを待っていた。


その間ずっと。

私は猫と通じているのか、いないのかわからない会話を続けていた。


なぜこんなことになったのかというと——

遡ること、数刻前のこと。



* * *


雨の中。

帰り道を急いでいると、白い猫が、軒下にぼんやりと佇んでいた。


立ち止まって様子をうかがってみる。

確か、猫は水が嫌いだったはず。


雨に濡れたくなくて、困っているんだろうなと、察してみる。


そっと猫のそばに寄って、しゃがみ込んで、


「濡れるの、嫌?」と聞いてみたら、

「にゃー」といいお返事。



やっぱり猫は濡れるのが嫌なんだと感じ、


私は猫を抱き上げ、雨が止むまで一緒にいることを決める。


猫は嫌がらず、私の腕の中に収まった。


で、そこで気がついた。

傘、閉じるの忘れた……。


すでに猫は腕に収まっているので、……まあ、いいか。



しばし、ひとつ傘の下で雨宿り。

猫と一緒に雨が止むのを待つ。


通り雨だろうから、すぐに止むはず。


そうはいっても、ただ雨を眺めているだけでは、少々つまらない。


そんなわけで、なんとなく猫に話しかける。

自分のことや家のこと、日常のことなど、いろいろと。

とめどなく話していく。


そうしたら、猫は私が話している間、

耳をピクピクさせながら黙って話を聞いてくれていた。


そして、私が話終わると、

今度は猫が「にゃー、にゃー」と答える様に話し始める。


そんなやりとりを、何度となく繰り返す。


お互いの話が伝わっているかどうかは怪しいがそれは、

ひとつ傘の下の住人。

問題ない。



そうこうしているうちに、雨はあがり、猫は、私の腕をすり抜けた。

そして、まだ濡れている地面に着地。

ぴちゃんと水が跳ねた。



あーあ、せっかく雨に濡れなかったのに。


そんなことを気にせずに、猫は歩き出す。

「猫は気まぐれ、うん、納得」



そんな私の呟きに、気づいているわけじゃないと思うけど、

少し行った先で、猫は振り返り、私に向かって「にゃー」と鳴いた。


私は思わず、「にゃー」と返事をしてしまって、

そんな自分に笑ってしまった。


それから、私も家路を急ぐ。

また、あの猫に会いたいなと思いながら。



* * *



数日後。



猫と雨宿りした場所を通りかかる。

と、不意に前から白い物体が飛んできた。


驚きながらも咄嗟に受け止めると、……なんだか柔らかい?

それは——あの時の白い猫だった。


赤い首輪。

あの時、猫がつけていた首輪だ。


覚えていてくれたんだと思うと、ちょっと嬉しい。


「見つけた!」と言うように、猫が顔をすり寄せてくる。


私も同じように顔を寄せたあと、猫の頭をぐりぐりと撫でる。

もふもふの毛は、触り心地が良くて、癒される。



そして、あの雨の日と同じように、

猫は私の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしている。



そんな再会を堪能していると、

どこからともなく、慌てた様にひとりの男性がやって来た。


どうやら、この白い猫の飼い主らしい。


男性の姿を見つけた瞬間、

猫はまたもや、私の腕の中からぴょんと抜け出した。


それから、猫は私たちの周りを一周し、

したり顔で、私と男性の顔を交互に見遣る。


――と、思ったら。


猫はトコトコと戻って来て、私の足元に擦り寄ってきた。


うーん、やっぱり、猫って気まぐれ。


男性はそんな私たちのやり取りを、そばでニコニコしながら見ていた。


なんだか、これから何かが起こる予感がした。


これは、もしかして「猫の恩返し?」

そう思ったのは内緒だ。





猫。


「雨の日の外出も悪くなかったにゃー」

……と、言ったとか、言わなかったとか。




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※本作品は「カクヨム」「エブリスタ」にて同時掲載中です。


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