身体が幽霊に乗っ取られた!?

小阪ノリタカ

身体を幽霊に貸した日


とある日の放課後。

校舎の隅にある、誰も使わなくなった教室で、奇妙な気配を感じた。窓は閉まっているのに、カーテンがふわりと揺れる。空気がやけに冷たい。


「……だ、誰かいるのか?」


そう声をかけた瞬間、背中を何かがすり抜けた。まるで氷水こおりみずを浴びせられたような寒気さむけとともに、視界が一瞬、真っ暗になる。次に気づいたときには、教室の外の廊下に立っていた。


――足が勝手に動いている。


いや、それだけじゃない。視界も、声も、意識の奥底でかすかに響いているだけで、身体は誰か別のやつに使われていた。


「これで……やっと、外に出られる…!」


頭の中に女の声が響く。

どうやら、俺の身体を借りているらしい。


「な、なんだよお前……!」

「私は、この学校に縛られていた幽霊なの。やっと、あなたに触れられたから、外の世界に歩けるようになったの!」


そう言うと、俺の足は校門へ向かって進む。俺は必死にもがいて抵抗しようとしたが、筋肉はまるで他人のもののようだ。


――だが、不思議と殺されるような気配は感じない。むしろ、その声はどこか切実で、寂しげだった。


街灯が灯り始める道を歩きながら、俺の身体を乗っ取った彼女は俺の口を使って、一言呟いた。


「この夕焼け……懐かしいな。ずっと見られなかったから、うれしい……!」


彼女はただ、もう一度、外の景色を見たかっただけらしい。

俺は心の中で問いかけた。


「じゃあ、その夕焼けを見終わったら……俺の身体は返してくれるんだよな?」


少し沈黙があり、やがて微笑むような声が返ってきた。


「ええ。約束するわ。だって……あなたの身体は、今も生きているから」


その瞬間、視界がまた暗転した。

気づけば俺は、公園のベンチに座っていた。身体の感覚はすっかり戻り、夕焼けの最後の光が西の空を染めていた。


隣には誰もいない。けれど、微かに甘い花の香りが漂っているような気がした。


――俺の身体を乗っ取った、彼女は、本当に幽霊だったのか?

それとも、夢だったのか。それは誰にも分からない。


ただひとつ確かなことは、俺の胸の奥に残る温かさだった。

彼女は俺を傷つけなかった。ただ、一度だけ外を歩きたかっただけなのだ。


その日から俺は、夕焼けを見るたびに、隣に誰かが座っている気がする。

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身体が幽霊に乗っ取られた!? 小阪ノリタカ @noritaka1103

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