第12話 わたししか知らない真実

 次の日の朝、目を覚ますとまだわたしは無事だった。

「新菜、お友だちが来てるわよ~」

 母の声に、わたしはパジャマのまま家を飛び出す。

 玄関に申し訳なさそうに立っていたのは、美織だった。

 わたしは思わず美織に抱き着いた。

「ごめんね。心配かけたよね」

 美織がやさしくそういった。

 途端に涙腺が決壊して、わたしは大泣きする。

「どこ行ってたのおおおおおお心配したんだからああああああ」

「ちょっと家出してたの」

「家出なんかしちゃダメじゃあああああん!」

「お姉ちゃんの家にね。一人暮らししてるから。お父さんとお母さんだけに行き先を伝えておいたの」

「遠くへ……そういうことかああ」

 わたしはその場に崩れ落ちた。

「落ち着いたら、連絡しようと思ってたんだよ。でもスマホ壊れちゃって……」

「そっか。無事でよかった!」

 わたしがにっこり笑うと、美織の背後にむっつりした顔の古賀くん。

「あれ? 古賀くん、いたんだ」

「いたんだ、じゃねーよ!」

「ごめんごめん。だって美織は行方不明だったからさあ」

「人が心配して来てみりゃ、おれのこと認識すらしてねーし」

「アハハ。美織しか目に入ってなかった」

「古賀くんから聞いたけど、その、何か良いアイデアがあるの?」

 美織の言葉に、わたしはいう。

「うん。でも、うまくいかないかもしれない」

「一か八か、なんだろ?」

 古賀くんの言葉に、美織がいう。

「大丈夫。新菜はすごいんだから」

 美織が笑ったので、安心した。

 なんだか急に、なんでもできるような気がしてくる。

 すると突然、辺りが暗くなった。

 わたしたちが空を見上げたその瞬間、 隕石だと直感できた。

 美織の予言は当たったんだと思ったと同時に、怖くなる。

 これで終わりなのかもしれない。死んじゃうかもしれない。

 みんななくなってしまうかもしれない。

「大丈夫」

 美織の声と古賀くんの声が聞こえて、ふたりがわたしの左手に触れた。

 体の中からエネルギーが溢れてくるようだ。

 うん。一か八か、賭けてみよう、この右手に。

 そして、右手で地面に触れた。


 隕石が衝突した瞬間、右手で地面に触れる。

 つまり右手で地球そのものに触れるのだ。  

 わたしの右手で触れたものは、一カ月前に戻る。

 つまり、隕石が衝突前の地球に戻る。

 だから隕石衝突と同時に、地面――つまり地球に触れていればいい。

 そうすれば、地球だけは一カ月前の状態に戻るはず。

 おまけに隕石の衝突後だから、もう日本がなくなる心配はしなくていい。

 それがわたしのアイデアだった。

 これが成功すれば、隕石が衝突前の安全な地球に戻ることが可能。

 ただ一つ欠点があるとすれば、すべてが一カ月前に戻るからみんなの記憶も戻るんだよね。

 星空ミルこと美織のことを考えればそれでいいとは思う。

 だって、すべてなかったことになるんだもん。

 それで隕石が衝突することがなくなるなら、すべてがハッピーエンド。

 美織や古賀くんの記憶も元に戻って、このことを知る人がだれもいなくなるは寂しい。

 でも、それよりも生きていることが大事。

 わたしだけが、隕石から日本滅亡を防いだということを覚えておけば、それでいい。

 それも地球を一カ月前に戻すという作戦がうまくいけば、の話だけど。

  

 目を覚ますとそこは、真っ暗な世界だった。

 あれ? ここはどこ? もしかして、わたし、死んじゃった?

 やっぱり地球を一カ月前に戻す、なんてことできなかったんだ。

 あーあ……。最後までわたしの能力、微妙だったなあ。

 わたしみたいな微妙な能力しかない人間に、隕石から人を救うことなんてできないんだ。わかってたことだけど……。

 でも、この微妙で厄介な能力でも、美織と絆が深まった。

 古賀くんが不良じゃないとわかったし、おまけに案外いい奴だってこともわかった。

 色々な人の物を直せた(失敗ばかりだったけど)

 もしかしたら、こんなわたしでも、少しは誰かのためになってるのかも……。

 そう思えたけど、やっぱり微妙な能力で地球の修理は無理か。

 ガッカリしていると、どこからか声が聞こえた。

『地球人、聞こえるか?』

「え、だれ?」

『我々は、△☆1@!×113という惑星から地球に観光にきた生命体だ』

「生命体……まさか宇宙人?!」

『そうなるな。わたしたちの姿は見せるわけにはいかないので脳内会話のみで失礼する』

 そもそも真っ暗で何も見えないんだけど。

「はあ、その宇宙人がわたしに何の用ですか?」

『わたしたちの宇宙船は、隕石に似せて地球に観光にきた。そうしないと地球人ビックリする』

「ああ……なるほど。って、まさか地球に近づいている隕石って……」

『そうだ。我々だ。しかし、パイロットが居眠りで操作をミスして地球に墜落した』

「じゃあ、日本に落ちたのは隕石じゃなくて、宇宙船?!」

『その通り。しかし、きみのヨクワカラナイ能力で地球ごと一カ月前に戻ったようだ』

「ヨクワカラナイ能力って……え、じゃあ成功したんだ!」

『それに巻き込まれて、わたしたちの宇宙船も無事だった』

「そうだったんですね。それじゃあ、わたし、良いことをしたの?」

『そうだ。大勢の同士の命を救ってくれた。感謝する』

 宇宙人の言葉に、なんだかうれしくなった。

 ってゆーか、色々と理解が追い付かないけど。

 ええっと、隕石は実は宇宙船で、日本に墜落したけど、わたしが地球を修復した能力に巻き込まれてすべてが一カ月前に戻った、と。なるほど……なるほど?

 なんにしても、宇宙人も偶然、救うことになったんだ。

 宇宙人はいう。

『我々は地球観光を一旦、中止する。もっといいパイロットを雇う』

 できればこないでください、怖いんで……なんていえなかった。

 そんなことをいって反感を買って『地球、攻撃する』とかいわれても嫌だ。

 だからわたしは、宇宙人がもう二度と宇宙船の操作中に居眠りをしないパイロットを雇うことを願うばかり。

 できれば地球観光も、もう少し落下しないような宇宙船を開発してから来てほしい。

 そんなことを考えていると、辺りはやけに静かになった。


「新菜ー。起きなさーい!」

 母の声に、わたしはがばっと飛び起きる。

 そこはいつもの自分の部屋だった。

「あれ? 生きてる? ってゆーか、宇宙人と会話したのは夢?」 

 今度こそ、本当に目が覚めたらしい。

 部屋はいつも通り、屋根に穴が開いてるとかはない。

 急いで窓の外を見ても、外の景色もいつも通り。

 犬の散歩の男性や、部活らしき学生が自転車で走っているのが見えた。

 平和ないつもの日常が見えて、思わず泣きそうになる。

「いやいや、泣いてる場合か!」

 まずは事態を飲み込まなくてはいけない。

 隕石が実は宇宙船だった、というのは夢なのかな。でも、なんだか夢だとは思えないんだよね。

 どちらにしてもまずは状況の把握からしよう。

 手に変な汗をかきながらスマホを見る。

 スマホで日付を確認すれば、一カ月前に戻っていた。

「やったあああああ! 大成功ーーー!」

「うるさいわよー! さっさとご飯食べちゃって!」

 階下から聞こえる母の声に、わたしは「はぁい」と元気よく返事をした。


 スマホもテレビも、壁のカレンダーも一カ月前だった。

 本当に修復が成功したんだ、と感動する。

 いや、まあ、一カ月前の状態に戻しただけ、なんだけど。それでもすごいよ、わたし!

 宇宙人からも褒められたし(夢かもしれないけど)、今日だけは自分で自分を褒めていい!

 ご機嫌で食事をしながら、スマホを操作する。

「いやだもう、ご飯のときくらいスマホ触らないでよ」と母。

「あ、お父さんも新聞読まないで食べちゃってよ」と、ついでに怒られている父。

 ああ、なんて平和な光景なんだろう……と思わず幸せをかみしめる。

 母がチラリとこちらを見たので、わたしはスマホをさっさと操作する。

 ミルちゃんは公式SNSで今日の配信の告知をしていた。

 よしよし、炎上もしていない!

 まあ一カ月前だから当然なんだけどね。

 でも、この目で確認しないとソワソワしっぱなしで何も手につかない。あんな炎上、もう二度とごめんだ。

 わたしはホッと胸をなでおろし、朝食を済ませて急いで学校へ。


 学校へ行く途中で大通りを急いで渡っているボブヘア―の似合う女子を見かけた。 手にはしっかりとカメラを持っている。

 あれって、トラックに轢かれて亡くなった女子じゃないかな。 

 そっか、一カ月前に戻ったから事故の前なんだ!

 わたしは彼女に駈け寄ってこういう。

「あの、しばらくは大通りとか車が通れる道は歩かないほうがいいよ」

「え、なんですか、急に……」

「わたしは」

 そこまでいうと、わたしは生徒手帳を破き、それから右手で触れて直して見せる。

 驚いた表情をする女子にわたしはいう。

「わたし、未来も見えるんだ。だから車には本当に気をつけて。特にトラック」  

「ええっと、なにがなんだかわからないけど、でも、気をつける」

 女子はそういうと、「それじゃあ先を急ぐんで」とだけいって立ち去った。

 これで信じてくれたかな? 気をつけるといってくれたから大丈夫だよね。

 わたしは小さく息を吐いて、学校に向かった。

 なんだか朝からドッと疲れたな。

 いろいろとありすぎるよ。今日は休めばよかったかなあ。でも学校の様子も気になるんだよね。

 わたしは疲れた体を引きずるようにして歩いた。


 教室に入ると、美織がニコニコしながらいう。

「おはよう。新菜」

 美織はそういうと、「見てみてー。この動画、カワウソがかわいいんだよ」と自分のスマホを見せてくれる。

 そうだ、美織は一カ月前に戻っているから覚えていなんだ。ってゆーか、なんでわたしだけが記憶あるんだろう。

 不思議に思っていると、美織がこっそりいう。

「わたし、ちゃーんと覚えてるからね」

「えっ? なにを?」

「新菜が、隕石からわたしたちを救ってくれたこと」

「ええええええええ!」

 わたしの声に、教室にいたクラスメイトたちが何事かとこちらを見る。

「ご、ごめん。なんでもない」

 わたしがいうと、教室はいつも通りのにぎやかさを取り戻した。

 一カ月前に戻ったおかげで、わたしはクラスメイトからこそこそうわさをされているわけでも、男子にからかわれることもない。

 でも、わたしのことをイジメそうなクラスメイトの顔と名前は覚えたからね……。絶対に近づかないようにしよう。

 それよりも、今の驚きは美織の記憶があること。

「なんで美織に今までの記憶があるんだろう……」

「それをいうなら、新菜もでしょ」

「まあ、それもそうなんだけど」

 わたしがぶつぶついっていると、古賀くんが教室に入ってくる。

 そして、わたしを見つけてこういう。

「おはよう! 日都月はヒーローだよ!」

「まさか古賀くんも、隕石のこと覚えてる?」

「ああ、おれもぜーんぶ覚えてる」

 古賀くんはそういうと、にっこり笑った。

「大丈夫だ。おれ、秘密にするから」

「うん、わたしも」

 ふたりがそういって笑うので、わたしは黙ってうなずいた。

 まあ、隕石ってゆーか宇宙船だったんだけどね。

 でもこれっていっていいいのかな?

 宇宙人たちに『秘密にしろ』とはいわれてないけど、わたしが喋ったことで何か地球に危険があるかも……。

 これは自分の胸にしまっておこう。あと純粋に説明が面倒くさいし。


「あっ! そうだ、ラーメンとパフェ、奢る」

 古賀くんが思い出したようにいう。

 そういえば約束してたっけ。

「じゃあ美織もいっしょに行こうよ」

「おう、いいな、それ」

「えー、嫌だよ。カップルの邪魔する趣味ないもん」 

「いやだからカップルじゃないんだって。ねえ、古賀くん」

 わたしが古賀くんに同意を求めると、彼はクラスメイトに呼ばれて教室を出ていってしまった。自由な人だなあ……。

「それに今日は、ピアノのレッスンならぬダンスレッスンの日なんだ」

 美織はそういってニッコリ笑った。

「うん。頑張ってね。今日の配信も楽しみにしてるね」

 わたしがそういって、「そうえいば先生に呼ばれてたんだ」と教室を出る。


 ああ、なんだか気分がいいな。

 日本を救ったから?

 それもあるけど、やっぱり平和な日々はいいなあ。

 ご機嫌で廊下を歩いていると、足の裏に違和感。

 何かを思い切り踏みつけてしまったらしい。

 足をどかせば、そこには画面がバリバリに割れたスマホ。

「あっ! あーあ……」

 スマホの持ち主の古賀くんが、がっくりとうなだれる。

「ごめん! 直すから!」

「おう、失敗すんなよ」

 古賀くんはそういってイタズラをたくらむように笑った。

「あんまりプレッシャーかけないでよ……」

 わたしはそういってため息をひとつ。

 

 こんなわたしが、隕石が衝突した地球を救った。

 しかも実は、隕石に擬態していた宇宙船が落ちて日本が消滅したのを元に戻したのだ。宇宙人からも感謝されたし。

 そんなことをいっても、だれも信じないだろうな。

 ついでに、古賀くんのスマホの修理は失敗した。まあ、こんなもんだよね。

 ふと窓の外から空を見上げれば、何かがキラリと光って消えた。

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リペアガールはくじけない 花 千世子 @hanachoco

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