第8話〈再び金曜日〉
「お先に失礼しま~す」
「
「課長 お疲れ様でした。南方さんも お疲れ~」
企画2課の夕方18時前。
ここ半年以上 金曜の定例となった 課長と若手ホープの同時退社。
「……ジムかぁ。いいなー。オレもやろうかなー」
「止めとけ。なんか 女性専用んとこらしいぜ」
「いや。別に 夕希さんと一緒んとことか そんなんじゃなくて 純粋に筋トレしようかと……」
「へー へー。そーゆーことに しといてやるよ」
暫く 無言でPCに向かう男2人。
「最近 夕希さん 綺麗になったっすよね……」
「それは 俺も思ってた。アレは 男できたな……きっと。まぁ なんにせよ オマエに目はねぇって。何度も言うけど 社内恋愛は止めとけ 面倒なことになるから…さ」
「なーに。『最近 綺麗になった』って アタシのこと?」
残業男2人の会話を聞き付けて 会話に割り込んでくるお局様。
「あっ そーっす。今 石井さんの話を……」
先輩社員は とびきりの笑顔で話を合わせる。
「あなたの その軽い性格 新入社員の頃から 変わらないわね……。今 話してたの日野原課長のハナシじゃないの?」
「あ。いえ。南方さんの話を……」
「ああ そっち。アタシは てっきり課長のハナシかと。祐鶴課長 最近 綺麗になったと思わない? なんか艶めいてるって感じじゃない。新しい人 見つかったんじゃないかって思ってたんだけど……」
「そー言えば 課長も 一段と美人に」
「でしょー? でも あなた達が言うように 夕希ちゃんも一皮剥けた感じよね。色気出てきたって言ったらいいのかしら。なんか 笑い方とかが 大人っぽくなったわよねぇ」
「まぁ なんにせよ オマエに目はねぇってハナシだよ」
「えっ? なになにっ? あなた 夕希ちゃんのこと好きだったの?」
「だから 違いますって!」
「違うのー? それなら 新入社員の鈴村ちゃんは どう? 彼女 大学時代のカレシと別れたって言ってたわよ。狙い目じゃない アタシ 応援するわよっ」
今宵も ベテラン女性社員のエンドレストークに巻き込まれた2人は 遅くまで帰れなかったという……。
………。
……。
…。
ジムが終わり 企画2課長と若手ホープは 祐鶴のマンションへ。
玄関のドアを閉めたところで ディープキス。
が 定番なのだが 今日は 祐鶴が 夕希を制する。
「ごめんね 夕希ちゃん。ちょっと待って欲しいの」
「何ですか 課長?」
「うん。ちょっと 話したいことがあって……。リビング 行きましょ……」
リビングの2人掛けソファーに腰を下ろす2人。
「何ですか 話って?」
「先に 夕希ちゃんの話 聞かせて? 何に怒ってるの?」
「……怒って無いです」
「ウソ。ここのところ ずっと不機嫌そうな顔してるじゃない……。分かるわよ」
歳上の恋人から目を逸らし 窓の方を向く夕希。
「いえ。別に 課長に怒ってる訳じゃありません」
「
「課長も わたしに内緒で いろいろ動かれたりしてますよね? でも わたし その事について いちいち詮索したりはしません。恋人同士でも プライバシーはあると思いますし……」
鼻を木で括ったような 夕希の応対に 少し鼻白む。
だが 笑顔を絶やさず 優しく尋ねる祐鶴。
「……もしかして 鈴村さんのこと?」
「いえ。違います。課長が 新人の子に手取り足取り仕事を教えるのは 当然のことです。わたしもして頂きましたし……」
そこまで言って 夕希は下唇を噛む。
「課長が悪いんじゃありません。仕事中に私情挟んじゃってる自分にイラついてるだけです……」
「……ふぅ。やっぱり そうなのね。なんとなく そうじゃないかと思ってた」
小さく首を振ってから 祐鶴が言葉を継ぐ。
「前の時もそうだったけど 職場恋愛って 難しいわね。私達 きっと もうちょっと距離を取った方が いいのね……」
「かっ 課長っ わたしっ わたし 自分のこと ちゃんとコントロールしますっ。そっ そんなこと 言わないで下さい」
予想外の言葉に 鳶色の大きな瞳に涙が溜まる。
だが その涙を予想していたのだろう ほとんど 顔色を変えずに33歳のキャリアウーマンは 自分の想いを歳下の部下に伝える。
「ううん。夕希ちゃん あなただけじゃないの。私もね 自分が 上手くコントロールできてないの……」
「そっ そんなことないですっ 課長は いつも通り しっかり仕事されてるのに 自分ができてないのが 歯痒くて……」
「そうでもないのよ。この間の夕希ちゃんの新しい企画書 冷静な職業人の目で見れたか? って聞かれたら ホントに自信ないもの。私達 やっぱり距離を…」
「嫌ですっ わたし 課長のこと 愛してますっ」
「待ってっ 最後まで 話 聞いてちょうだい」
「嫌ですっ わたし 絶対 別れたくないですっ。何でも 何でもしますっ。だからっ だから……」
大きな鳶色の瞳から ポロポロと大粒の涙が溢れる。
嗚咽し身体を震わす 夕希の小さな肩を抱き 頭を撫でながら 祐鶴が諭す。
「飲み込み早くて 反応も仕事も速いのが 夕希ちゃんの強みだけど 話は最後まで聞きなさいって いつも言ってるでしょ? ね ちょっと聞いて?」
「……ひゃっ ひゃっい」
涙を拭いながら 夕希が顔を上げる。
その目を真っ直ぐに見詰めながら 祐鶴が ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あのね 夕希ちゃんに内緒にしてたのはね……。私 転職しようと思ってて……」
「ええっ!? あの…… そっ それなら」
「……だから 最後まで聞いてって。あのね 前から 話もらってたんだけどね。大学時代の知り合いが立ち上げたベンチャー企業なの。私のキャリア生かせる業務だと思うし 前から興味は あったんだけど……。夕希ちゃんとのことが あって前向きに考えてみようかなって……」
「でっ でもっ わたし 課長のいない会社なんて……」
「……最後まで聞いて」
「はっ はい」
「だっ だからね…… そっ その 会社では距離取った方がいいと思ってるんだけど 私も 夕希ちゃんと一緒に過ごしたいとは思ってるの……その気持ちは本物。だっ だからね……いっ 一緒に暮らしてくれないかしら……?」
そう言い終えると祐鶴は ソファーの横に用意してあったジュエリーショップの紙袋から ベルベットのケースを取り出す。
「これ 受け取ってくれないかしら……。私 9つも歳上のバツイチだけど 夕希ちゃんとなら もう一度 前を向いて歩いて行けそうな気がするの」
夕希の眼前で開かれたケースには 大粒のダイヤの嵌まった煌めく指輪。
「こっ これって?」
「
「はっ はいっ 喜んでっ」
喜色満面で飛び上がらんばかりの24歳を 歳上が
「あのね 夕希ちゃん。結婚って 一生ものの契約なのよ? よくよく吟味しなきゃ ダメよ。『好き・愛してる』は もちろん大事だけど お金とか 親のこととかも あるでしょ? まして
「え? あ。はい」
「お給料はね 今とだいたい同じ水準なんだけど 福利厚生はガタ落ちになるし ボーナスも
祐鶴は 黒目がちの瞳を少し伏せる。
「正直ね 夕希ちゃんと一緒になりたいっていうのもね… 万が一 ポシャった時に 避難場所 確保しときたいって気持ちもあるの……」
もう一度 目を上げ 真っ直ぐに夕希の鳶色の瞳を見詰める祐鶴。
「こんな 腹黒で9つも歳上でバツイチの私だけど……指輪 受け取ってくれる?」
「はい」
歳上の恋人の黒目がちの瞳を真っ直ぐ見詰め返し即答する夕希。
「わたし 正直 歳下で考えが足りないのかも知れません。でも 課長の傍に居たい 課長の為に力を尽くしたいっていう気持ちは 一生 本気で本物です。課長の判断が もし間違ってたとしても わたしが全身全霊でフォローします。会社変わられても 傍に居られるんなら そこは変わらないです」
一度 目を指輪に落とし もう一度 祐鶴の目を真っ直ぐに見る。
「指輪 填めてもらっても いいですか?」
祐鶴は 夕希の白い左手を取り 薬指に大粒のダイヤを填める。
リビングの光を受け 煌めくダイヤモンドの輝き。
うっとりと見とれる夕希。
「夕希ちゃん ありがと。一生 大切にするわ」
「はい。ありがとうございます。わたしも 一生大切にします」
「あ あとね…… ずっと言おうと思ってたんだけど……その『課長』っていうの いい機会だし止めて欲しいかなって……。祐鶴って呼んで欲しい」
夕希の目が泳ぎ 頬が上気する。
息を飲み 祐鶴の白皙の美貌を見詰める。
「ゆ…祐鶴……さん。一生 大切にします」
「はい。私も 夕希ちゃんのこと 一生 大切にするわ」
真っ直ぐに見詰めあった瞳が閉じ 唇が重なった。
~ Fin ~
日野原課長と南方さん 金星タヌキ @VenusRacoon
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