0043. 閑話・【飯母呂の頭領】坂東の風、西からの使者
筑波山の山中。我ら飯母呂一族の隠れ里は、今日も北から吹き付ける冷たい風に晒されている。
かつて、我らが祖先はこの坂東の地で将門公と共に立ち上がった。公が目指したのは、京の支配から脱した、坂東の民による、民のための国造り。
だが、公は討たれ、我らは逆賊の末裔として、以来、数百年もの時をこの影の地で息を潜めて耐え忍んできた。
一族の中には、この先の見えぬ暮らしに耐えきれず、山陰へ、あるいは伊豆に去った者もおる。若者たちの目からは覇気が失せ、ただ日々の鍛錬をこなすだけになっている。このままでは、将門公の宿願を果たす前に、我ら飯母呂一族そのものが霧散してしまうだろう。
おれがそんな憂いを胸に、鍛錬に励む若者たちを見下ろしていると、見張りの一人が音もなく背後に現れた。
「大将! 見知らぬ者が、麓の関で会いたいと。鞍馬の者と名乗っております!」
「鞍馬だと……?」
聞いたことのない名だ。少なくとも、この坂東で聞く名ではない。
「安房の里見家の、先触れだとか」
「里見……。あの、南の隅でこそこそしている新参のか」
坂東の片隅から、わざわざこの常陸の奥まで、何の用だ。我らの首を手土産に、上杉にでも恩を売るつもりか。
得体の知れぬ話だが、このまま朽ち果てるよりは面白い。
「……よし、会おう。客人用の広間へ通せ。ただし、〝もてなし〟の準備は怠るな。客人が道を外せば、蜘蛛の巣が絡めとるようにな」
おれの言葉に若者は「はっ」と短く応えると、里の中に静かな緊張が走った。屋根の上、木々の影、土壁の向こうに、幾人もの影が弓や吹き矢を構えて息を潜める。
しばらくして、広間に通された男を見た瞬間、おれは確信した。
こいつは、そこらの武家のものではない。立ち居振る舞い、呼吸、視線の配り方。その全てがおれたちと同じ、影に生きる者の匂いがする。だが、その影の中には奇妙なほど淀みのない、澄んだ光が宿っているように見えた。京の雅と影に生きる者の凄みが奇妙に同居している男だ。
「お初にお目にかかる。おれは鞍馬衆の
京言葉の丁寧な口上。だが、その声には決して折れぬ芯が通っている。
「……鞍馬、か。思い出したぞ。京の天狗様の話は、聞き及んではいる。確か鎌倉殿の九郎義経公に仕えたという、古き一族」
「いかにも。我らも訳あって京を離れ、新たな主を得た者どもよ」
「それで、その京の天狗様が、この坂東の逆賊に何の用だ。我らは朝廷にも幕府にも忘れられた者ども。その我らに新参の里見が何の利を見出す。我らの首を手土産にでもするつもりか」
おれの挑発的な言葉にも、弥太と名乗る男は動じなかった。
「我が主君が飯母呂一族の皆様をお探しだ。おれはその場所を確かめるために参った、ただの先触れ。詳しい話は、明日、我が主の腹心である、堀内殿がお話しになる」
「……ほう。ずいぶんと手の込んだことだ。わざわざ京から人を寄越してまで我らを探すとはな。村の周りにもお主の仲間が潜んでおるのだろう? その数、二十か、三十か」
おれがカマをかけると男は初めて、ふっと笑みを浮かべた。
「ああ、いるとも。それ以上だ。だが、あんた達と事を構えるためじゃない。明日、ここを訪れる堀内殿を、万が一にも、あんた達以外の輩――例えば、この辺りを嗅ぎ回っている佐竹の犬か、あるいは上杉の手の者からお守りするためだ」
その言葉におれは舌を巻いた。
なんという率直さ。そして、礼儀。
おれたちをただの山賊や利用すべき道具としてではなく、交渉すべき相手として、敬意を払っている。そして、我らが置かれた地政学的な状況も正確に把握している。
「……面白い。お主も、その主君も」
おれは、弥太に告げた。
「わかった。明日、その堀内殿とやらに会ってやろう。それまでは客として、ゆるりとしていけ」
「かたじけない」
弥太が去った後、おれは一人、広間に残された茶をすすった。冷え切っていて、味も分からなかったが、思考を巡らせるにはちょうどよかった。
里見家がそこまでして我らを求める理由は何だ。彼らは我らの過去を知っているのか。将門公の乱に連なる逆賊の末裔であることを。
だとしたら、なぜ。
弥太の言葉を反芻する。「我ら鞍馬もまた、忘れられた者であった」。里見家は過去の汚名ではなく、今ある技と忠義をこそ評価する、と。
将門公が目指したのは、坂東の独立。民が豊かに暮らせる国造り。このまま朽ち果てることが公への忠義か、それとも、新たな主の下で形は違えどその理想を追い求めるのが真の忠義か。
安房の里見家。
数百年、淀んでいたこの坂東の沼に京から、そして安房から、二つの新しい風が吹き込んできた。
それが我らにとって追い風となるか、あるいは、全てを吹き飛ばす嵐となるか。
明日になれば、わかるだろう。
おれは久方ぶりに、胸が高鳴るのを感じていた。明日、その堀内殿とやらが、我ら飯母呂の未来を賭けるに値する男か、この目で見極めてやろう。そして、もし本物ならば…この筑波の狼は、数百年ぶりに牙を剥くことになるやもしれぬな、と。
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戦国幻獣物語 〜目指せ、戦国ひきこもりモフモフ生活! 八百万の幻獣をモフって今日も生き抜くぞ、おぉーーっ!〜 蒼葵美 @tosnon
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