第18話『曇り空』

「ネイト、よく帰ってきたね」


「聞きましたよ。また出撃なのですってね」


 王宮すぐ近くにあるカーミュ公爵邸。セラフィアとのお茶会前にも帰ってきたのだが、今日は両親どころか従者総出で出迎えてくれた。


「きっと勝って見せますので……お母様、抱きつくのをやめて下さい」


 ネイトより若干背の高い母は、滑らかな頬をネイトの頬に擦り合わせてくる。その後ろで父は苦笑していた。


「アンナも私も信じているさ。でも、もし、ネイトの身になにか──」


「ネイトさんが心配だわ。前線へ出てはダメよ? お城の中で、優雅に構えるべきだわ。焦らずに、戦いは他の皆さんに任せましょう」


 母に言葉を遮られ、カーミュ公爵の目が点になる。


「……アンナ、ネイトが困っているよ」


「だってもし、もしものことがあったら!」


 今度はネイトの両肩に手を置き、前後へぐわんぐわん揺さぶる。まとめていた白銀の髪が解け、しばらくはされるがままだった。


 翌朝。公爵家の華やかな車列が、王都北西部にあるサン=バーミュ大聖堂へ向けて進んでいた。


 カーミュ公爵夫妻の乗る先頭馬車は天井がなく、沿道で車列を見ている民衆へふたりが手を振っていく。


 その様子を、ネイトは少し後ろの馬車の窓越しに眺める。


 「あまり目立ちすぎるのもよくないだろう」と父が気を使ってくれたのだが、そもそも公爵家の車列は目立つわけで──


「カーミュ姫〜〜!」


 向けられる眩しい笑顔に、ネイトも小さく手を振っていた。



 王宮から離れるにつれて、紺色や深緑の制服を着た集団が増えてくる。上はネイトと同い年くらいから下は従者と手を繋ぐ子どもまで、王都北西部に集中している名門の貴族学校や魔術研究機関の生徒たちだ。


 和気藹々と笑い合い、スーツがよれることも気にせずに走り回る彼ら。それを見て朗らかに微笑む少女たち。


「私にも、ああなる道があったのですかね」


 握り込んだ拳に目を落とし、ふるふると頭を振った。


 また、遠くを眺める。


 ──この笑顔を守るために、自分たちがいるのだ。


 車列が学舎を通過し広場の前へ差し掛かる。


 大聖堂周辺に広がる王国劇場をはじめとした荘厳な大建築の数々。あまりの広大さに人はまばらのように見えるが、貴族も庶民も入り乱れ、どこを見ても人がいるのはきっとこの広場だけである。


 しかし、ネイトの視線はある一箇所に張り付いた。


 紺色の長髪。ネイトより頭2つは高い背丈。


「……セラフィ、ア」


 隣にいる常緑色のコートを羽織った赤髪の殿方と、歩幅を合わせて仲睦まじく歩く副団長に、目が点になった。


 馬車が徐行を始める。そのせいで、ネイトは劇場の雄大な玄関へと笑い合いながら入っていくふたりをただ見ていることしかできない。


 いや、そもそも令嬢が近衛騎士となる理由のほとんどは有力な家と婚約するため。セラフィアは実力もあるが顔もいいし……料理までできる。婚約相手として申し分ない。


 ──セラフィアのあんな笑顔、見たことないのに。


 永遠にも感じられた時間は、ふたりが扉の奥へ消えてようやく終わった。


「ネイト様。到着いたしました」


「うん」


 双塔に挟まれた巨大な扉口とうこう。広場の喧騒が壁一枚隔てたかのように遠く、こもって聞こえる。


「ネイトさん、行きましょうか」


 久しぶりに手を握ってくれた母。暖かくて、いつでもネイトを支えてくれる。なのに、今は震えていて頼りがなくて──


 伯爵邸で握ったセラフィアの手が、恋しくなった。


 拝廊に入っても、身廊を家族3人で歩いていても、頭の中をセラフィアの笑顔が頭をよぎる。


「大司祭様。どうか我が娘に、最大の祝福を」


 唸るように父の声が震えて聞こえた。か細い母のむせび泣く声が響いた。


 今までに感じたことのない息苦しさ。目を閉じているのに黒塗りの視界がパチパチと明滅して、体がよろける。


「ネイトっ」「ネイトさん!」


 頬に落ちてきた涙。強くなければいけないのに、体がいうことを聞いてくれない。


「ごめん……なさい。ごめんな、さい」


 やけに冷たい大理石の上で、ネイトは瞳を閉じた。



「近衛騎士、もうすぐ集合完了です!」


 王宮前の広場を埋め尽くす人々。セラフィアの声すらかき消されてしまいそうな大歓声の中で、騎士たちが続々と集まってくる。


 ネイトは手綱を握り締め、セラフィアに──


 遠く、泣きつく子どもをあやす騎士の姿が目に入った。力強く抱き合う騎士と女性を見た。


 誰にでも大切な人がいて、みんながその人たちに背を向けこちらに歩んでくる。


 いつもの笑顔のまま首を傾げているセラフィアにも、きっと──


「ありがとう。セラフィアは大丈夫?」


「はいっ!」


 ネイトは雲に覆われた空を仰ぎ、それからセラフィアの顔を見据えた。


「一緒に、いてくれる?」


「ネイト団長となら、どこまででもお供しますよ!」


 向けられた笑みはどうしようもなく眩しくて、どうしようもなく胸を締め付ける。


「そっか。ありがとう」


 なだらかな丘陵の頂上にある王宮から麓の城壁まで一直線に伸びる中央通り。


 今は旗や花々で彩られたそこを、ネイトが先頭となり駆け下りる。


 馬車の騒音を打ち消すほどの歓声と羨望の眼差しを浴びて、騎士たちが負けないよう声を張り上げる。


 ネイトの頬に降ってきた雨粒が、地面へと滴り落ちた。




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氷姫は風の副団長にとかされる 四条奏 @KanaShijyo

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