14話 今回は一緒に


『うわ、何あれ何あれ? ふわぁ、あの絵、でっか。ねえ、フィリア。ちょっと近くに行ってよ』

「……」


 肩に乗っているスクルが周りをキョロキョロ見渡しながら、絶対できないことを頼んでくるから無言で返した。


 ……できるわけないでしょ⁉ ここ、王宮! 今案内されているところ! 今日がお茶会本番の日だって分かってる⁉


 今日はお茶会当日。

 あの後、屋敷に戻ってきたバールにすぐ相談したら、ケロッとした顔で「大丈夫ですよ」と言われた。


 なんでも、お姉さま本人宛の招待状じゃなかったらしい。同年代の貴族令嬢だったら参加可能とのこと。


 実はお父様がお姉さまに行ってこいって言ったのは、私を心配してのことだったとか。お母様は乗り気だったらしいんだけど、お父様が本当に王族と関わりを持ちたくないから、私にも関わらせたくないとのことでゴリ押ししたらしい。


 いや、何それ? お姉さまだったらいいの? ってめちゃくちゃ不満顔をしたら、バールが困ったように笑っていた。


『セレスティアお嬢様だったら、王族にそこまで目をつけられないだろうとの考えですよ。おとなしい方ですからね』


 ――いやいやいや、婚約者になっちゃうんですよおおお! あの殿下にちゃんと目をつけられるんですよおおお! 挙句の果てには見捨てられるんですよおおお! という心の叫びは何とか声に出さなかった。


 私も一緒に行くと言ったら、お父様はやっぱり不機嫌そうな顔になっていたけど、お母様は大喜び。でも今回ばかりは大助かりだったから、お母様と一緒におねだりした。渋々と言った感じでお父様から許可をもぎ取ったわけだよ。まあ、バールにも後押ししてもらったけどね。


 そして、何故スクルがここにいるかというと、それはもう万全の態勢で婚約阻止をしたいから! いざって時に、魔法で何とかしてくれるはず! 


 って言っても、今のスクルは魔法がそこまで使えないんだけど。逆行魔法の影響とか言ってたし、その上魂を宿らせた体が子ザルのせいもあるらしい。うまく魔力を巡らせることができないんだとか。


 『なんでこの子、こんなに受け入れちゃってんの⁉ ねえ、いい加減起きてよ!』っていつだったか、夜中に叫んでいた。子ザルさんの魂はもう熟睡しているらしくて、起こそうと何度も試みているけど、その度に失敗して、やけリンゴ食いしているよ。


 それでも、いつもの防音の空気壁ぐらいは作れるとは言ってた。それに、今使っている他の人には分からなくなる認識阻害の魔法も。


 殿下がもし近づいてくるようだったら、お姉さまにもそれをかけてもらうつもり。大人数にかけることはできないけど、お姉さま一人ぐらいだったら何とかなるって言ってたしね。他の令嬢たちの相手は私がすればいいし。


 笑顔にするために魔法は要らないって思うけど、未来がかかっている場合は別だ。とことんそこは協力してもらわないと。


 これで婚約は阻止できるはず。

 要は、お姉さまと殿下が接触しなければいいんだから。


 出来る。ちゃんとやれる。私は出来る。

 何度も何度も心の中で唱えていると、隣を歩いていたお姉さまがふと足を止めた。え、どうしたんだろ? 


「……」

「お姉さま?」

『何したの、あんた?』


 いやいやスクル。何もしてないよ? ずっと一緒にいたんだから分かってるでしょ?


 お姉さまの横顔を見ていると、ふいに私に視線を向けてきた。あれ? なんか困ってる? いつものお姉さまの戸惑っている顔だ。でも何に?


「……」

「へ?」


 色々理由を考えていたら、お姉さまがスッと手の平を見せてきた。何故に?


「……不安なのかと」


 ボソッとまた呟くお姉さまの言葉が、じんわり耳に響いてくる。


 殿下に会うから、ちょっと怖かったっていうのはあるけど……それ顔に出ちゃってた?

 また、私のこと考えてくれてた?


「いつも手握ってくるから……そうじゃないなら、いいけど……」

「いえ、いいえ! 嬉しいです!」


 まだ戸惑っているお姉さまが手を引っ込めようとしたから、慌てて両手で掴んだ。ホッと息を吐いているお姉さまに、じわじわと嬉しさが胸いっぱいに広がっていく。


 私を安心させるためにかな? そうだよね? 普段お姉さま、自分から手を握ろうとなんてしないもん。うわあ、何それ、嬉しすぎる!


『ねえ、こんなところでいちゃついてないで、さっさと歩いたら? 案内してる人が困って見てるけど』


 はっ! お姉さまの優しさに幸せ感じてる場合じゃなかった! 


 スクルの言葉で前を見ると、案内役の侍女さんが困ったように微笑んで私とお姉さまを見ていた。この人を困らせるつもりはなかったんだよ!


「ごめんなさい、大丈夫です! ついていきます!」

「声大きい……」


 ついつい侍女さんに謝ったら、お姉さまに怒られた。

 でも手は離さないでいてくれる。


 片手を握り直してくれて、私を引っ張るように侍女さんの後ろをまた歩き出した。王宮まで付いてきてくれたアネッサが私の緊張が分かったのか、「ゆっくりいきましょうね」と小声で背中から囁いてくれる。


 あーもう……私がしっかりしなきゃいけないのに、お姉さまに助けられてる。こんなんじゃだめだ。今から殿下に会うんだから。


 気合を入れ直しつつ、手にお姉さまの温もりを感じていることが、さっきまでの緊張をほぐしてくれた。お姉さまの未来のために、頑張らなきゃ。


 ハーアと肩で呆れたように息を吐いているスクルに、頼りにしているからねと心の中で呟きながら、私とお姉さまはお茶会の場に足を運んだ。


 ◇ ◇ ◇


 お茶会会場は王宮の庭園。


 でもその場に足を踏み入れた時に、思わず心の中でうわぁ……って思ってしまった。


 華やかな席とテーブルが庭園中に用意されていたけど、その華やかさを蹴散らすような令嬢たちの敵意ある視線。すっご。まだ皆子供なのに、こんなにギラギラしてるの? 大人顔負けの迫力だよ!


「ローザム侯爵家のご令嬢のテーブルはこちらになります」


 と、案内してくれた侍女さんが、私たちの座る椅子を引いてくれる。ここが、私とお姉さま二人のテーブルなんだ。


「ラーク殿下が後程挨拶に伺いますので、気を楽にしてお楽しみください」


 私たちが椅子に座るのと同時に、その侍女さんは一礼してどこかに行ってしまった。え? 殿下が一つ一つのテーブルを周るの⁉ 私たちが殿下に挨拶しに行かなきゃいけないんじゃないの⁉ 


「今回のお茶会は特別仕様だそうです。気軽にコミュニケーションをとれるようにする為だとか。殿下相手だと緊張してしまうのではという、王宮側の配慮らしいですね。全員がこのお茶会の目的を知っているでしょうから」


 耳元でアネッサがコソコソと教えてくれた。婚約者探しの為のお茶会だもんね。それでお姉さまが選ばれたわけだし。


 でも残念ですね、殿下。今日は絶対阻止してみせますからね!


 他のテーブルでは違う家々の令嬢たちが一緒になっている。でも全然和やかそうじゃない。目がギンギンで、口元は笑っているのに全く笑っていないのが分かる。父親か母親に殿下の婚約者に選ばれてこいとか言われてたりして。


『なんか、熱気がすごいね……』


 スクルもこの会場の空気感を感じ取ったのか、ボソッと呟いていた。


『王子様の婚約者って、そんなになりたいものなの?』


 さあ? どうだろ? 私は全然興味ないけど。でも、前の時間軸での学園では、確かに殿下は人気者だったけどね。婚約者の立場になりたいとかは露ほども思わなかった。ケーラは何故か私が相応しいとか意味分からないこと言ってたな。


 私はここにいる子たちに頑張ってほしいよ。ぜひ、殿下の婚約者になって、お姉さまと私に関わらないでほしいもの。


 私が欲しいのは、婚約者の立場なんかじゃない。


 私の目的は最初から、お姉さまの笑顔。



 お姉さまが笑顔でいられる場所。



 チラッとお姉さまの方を見てみる。 

 静かに用意されていたお茶に口をつけていた。


 貴女の笑顔を、笑顔になれる場所を作って、守りたいんだ。


 絶対揺るがないその気持ちを心の中でいっぱいにしていたら、お姉さまがふとある場所に視線を止めてジッと見つめていた。ん? 何を見て?


 自分もそっちに視線を落とすと、前の時間軸でお姉さまがくれたお菓子がお皿に乗っている。


 あ、これ。懐かしいな。色とりどりのクッキー。綺麗で可愛い感じに仕上がっていて、さすがは王宮で作られたお菓子だな、なんて思ったんだよね。しかもお姉さまがくれて、すごく嬉しかったの覚えてる。


「お姉さま、食べていいんじゃありませんか? もうここに用意されているものだし」

「……」


 声を小さくしてお姉さまに伝えると、私の方を見たかと思ったら、すぐに視線を逸らされた。あれ? お姉さまは興味ないのかな? 


『フィリア、あたし食べたい。そんなクッキー初めて見たもん。ほら、口入れてよ!』


 ……スクル。だからそれはできないんだって。肩にクッキーを持っていくの不自然すぎるから! しかもスクルが食べたら、何もないところでいきなりクッキー消えたように皆が思うでしょ⁉ 余計に驚いて注目浴びちゃう! っていうか、ここに来た目的忘れてないよね⁉


 ついジトーッと肩にいるスクルを見ようとしたら、お姉さまの手が動いた。あ、やっぱり食べたいって思ってたのかな?


 ……うん? なんで私の方にお皿を?



「……こういうの、好きでしょ?」



 その一言でギュンッと心が持ってかれてしまう。


 まさか……まさかまさか、お姉さま、私が好きそうとか思ってたの⁉ 考えてたの⁉


 ……まさか、前も?


「好きじゃなかった?」


 ……そうじゃない。そうじゃないです、お姉さま。


「いらないなら……いいけど」


 戸惑っている声も、表情も、今は全てが嬉しすぎて。


 そう思ってくれてたのかなって。

 前もそう思って、私にこのクッキーを渡してくれたのかなって。


 そう思ったら、胸がいっぱいで、声が出せない。


 あんなにお母様に辛い思いさせられていたのに、

 お腹が空いていたのは貴女なのに、


 それでも私のこと考えてくれてたとか、



 そんなの、そんなのズルすぎですよ、お姉さま。



 嬉しすぎて、目頭が熱くなってくる。


 本当は戸惑っているお姉さまに「大好きです!」って言って、すぐにこのクッキーを口に入れて安心させたいのに。


 だめだ。今泣いちゃだめだ。ああ、でもどうしよう。嬉しすぎるよ。こんな優しさを今ここで思い知らされるなんて、お姉さま、本当にズルすぎます!


『食べないならあたしが食べるって! ねえ、フィリアってば!』


 ……スクルぅ⁉ 全部台無しだよ! どんだけ食べたいの⁉ 忘れてるよね、今日の目的⁉


 私にしか聞こえてこないスクルの声でちょっと我に返った。お姉さまはやっぱり困った顔で私とアネッサを交互に見ている。いけない。冷静になれ、冷静になるんだ、私。


 ふうと軽く息をついてから、いつもの笑みを顔に浮かべたら、お姉さまがちょっと安心した顔をした。今ならこれがお姉さまの安心した顔だって分かる。


「ごめんなさい、お姉さま。私の好みを知っててくれてたんだなって思ったら嬉しくて。大好きです、こういうお菓子。お姉さまも一緒に食べましょう?」


 前は一緒に食べれなかったから。


 だから、今回は一緒に。


 このクッキーね、美味しかったんですよ。

 でもね、一人でじゃなくて、お姉さまと食べたかったんです。


 色々な味があったから、お姉さまと食べあいっこして、この味はこうだとか、お姉さまとお喋りしながら食べたかった。


 前は出来なかったけど、今ならできること。


「どんな味があるんでしょうね、お姉さま」

「……どんな味?」

「ほら、色もそれぞれ違うから、絶対味も違いますよ。どれが一番好きか覚えて、タックに作ってもらいましょう?」


 恐る恐るお姉さまは一枚のクッキーを口に入れている。美味しかったのか、僅かだけど頬が緩んだのが分かった。


 前は分からなかったけど、今なら分かること。


 嬉しくて、私も一枚口に入れる。甘さが口いっぱいに広がって、前に食べた時よりおいしく感じた。


「おいしいですね、お姉さま」

「……ええ」


 この時間が、今は本当に嬉しくて。

 こんな風に、お姉さまと一緒に笑いながら、同じものを食べたかったんです。


 まだちょっと頬が緩む程度だけど。


 ほんの僅かの変化だけど。



 これから先、満面の笑顔の貴女と一緒に、おいしいものを食べていきたいです。



『ねえ、フィリア! あたしにも! あたしも食ぁべぇたぁいぃ!』


 ――だからスクル! 台無しだよ⁉


 スクルの要求にちょっとげんなりして、でも可哀想だから一枚ぐらい隠して屋敷に持っていけないかなと思った時だった。



 その場の空気が変わり、周囲が騒めいた。


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侯爵令嬢は満足して笑った Nakk @Nakk-N

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