第35話_一年生への初伝達
文化祭の準備で賑わう校内で、
翌日の放課後、幸星たちは一年生二人を連れ、北校舎の古びた階段前に立っていた。招かれた一年生は、明るい目をした桐生悠と、落ち着きのある木下澪。どちらもまだ緊張を隠せず、視線を何度も幸星や凛音に送る。
「これから見せるのは、学校の“特別な通り方”。意味は後でいいから、まず真似して」
幸星が短く説明する。言葉はあくまで中立的。帯や記録といった言葉は使わない。
凛音が一歩前に出る。五段目に足をかけると、呼吸を半分にずらす。そのまま十一段目で軽く両手を叩く――音は生まれないが、空気がわずかに震える。三呼吸を置いて、壁の白い部分へ視線を移す。
「ここまでが“通り方”。一度見て。次は一緒に」
悠と澪が見守る中、幸星と亜衣が付き添いながら二人を階段へ導く。
「歩幅を半分に、ここで」
「そう、呼吸をずらす」
凛音の声に合わせ、二人はぎこちなく真似をする。十一段目で拍の動作をすると、澪の指先が震えた。けれど幸星がすぐに手で合図し、無事に次の動作へ進ませる。
「よし、三呼吸」
航大が指を立てて数え、三つ目で白壁を示す。悠と澪は顔を上げ、同時に壁を見た。わずかな風の流れが頬を撫でる。二人は目を見合わせ、小さく笑った。
「今のが一連の通り方。意味はまだ言わないけど、これを守れば安全に行き来できる」
幸星は静かに告げる。
凌が一歩前に出て、低い声で補足した。
「最後に覚えてほしいのは、“終わりを延長しない”こと。ここで余計に止まると戻れなくなる」
その言葉に一年生の表情が引き締まる。
ブレンダンとアナリアは、最後に小さなカードを二人に渡した。灰色、青、白で描かれた簡素な図。悠は興味深そうに見つめ、澪は何度も手順をなぞる。
「文字は少ないけど、色と形で思い出せるようにしてある」
航大が説明する。
実地を二度繰り返した後、幸星は全員を下へ戻した。廊下に出た途端、悠が勢いよく手を挙げる。
「あの……これ、もっと他の人にも教えた方がいいんじゃないですか?」
幸星はしばし沈黙し、凛音と視線を交わす。
「いずれは。でも今は少数だけでいい」
凛音がやわらかく答えると、悠は少し戸惑いながらも頷いた。澪はそんな悠を肘でつつき、「まずは私たちが正しくできるようにならないと」と小声で言った。
夕暮れの光が廊下に差し込み、窓枠が赤く染まる。新たな二人が加わったことで、抜け道の共有は確実に広がり始めていた。しかし同時に、危うさもまた増していく――幸星は胸の奥でそう感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます