第34話_抜け道の共有
文化祭の準備で賑わう校内で、
降下の条件を確立してから三日後、放課後の多目的室に八人が集まった。机を二列に並べ、中央に通路を作る。窓は半分だけ開け、外気がゆっくりと入り込む。
凛音が黒板にチョークで三つの項目を書き出す。
1.記録しない通過
2.無音の拍による戻し
3.壁の白への視線移動
文字は簡潔だが、そこに至るまでの経緯を知っているのは、この場の八人だけだ。
「今日は、この三つを一年生にも引き継ぐ準備をする」
幸星の声は低いが、机の並びの奥まで届く。
航大が配布用のカードの試作品を机に置く。カードは手のひらサイズ、片面にイラスト、裏面に簡単な手順。
「文字だけじゃなくて、視覚でも覚えられるようにした。色は三種類、項目ごと」
凛音が一枚を手に取り、光にかざしてみる。五段目の影を描いた灰色の帯、無音の拍の動作を示すシルエット、白い壁を見ている人物のイラスト――どれも簡潔で余計な線がない。
アナリアは色の配置を見て、付箋に『灰=帯/青=戻し/白=視線』と書き、航大の机に置いた。ブレンダンは深呼吸をしてから、英語で『Order matters(順番が大事)』とカードの端に小さく書き加える。
凌はカードを裏返し、裏面の手順を黙読する。
『帯では呼吸をずらす/靴音を立てない
各組の戻し段で“無音の拍”を1回
戻し後は三呼吸、壁の白を見る』
「このままでも通じるが、補足は口頭で」
彼はそう言ってカードを机に戻す。
彩菜は退避線の図を描き足したバージョンを見せる。線は薄く、必要なときだけ浮き上がるように工夫されている。
「見せるのは“帯が近づいたときだけ”。普段は余計な意識を生まないように」
亜衣はその図を見て、小さく頷く。
幸星は全員を見渡し、指を一本立てる。
「一番大事なのは、“終わりを延長しない”ってことだ。階段を普通に戻す手順までが抜け道だ」
そこで凛音が一年生役を買って出た。
「じゃあ私が新入生のつもりで聞くね」
彼女は机を挟んで幸星の前に座り、わざと首をかしげてみせる。
「帯って何?」
幸星は即座に首を横に振る。
「説明しない。名前をつけない。ただ、“こう通る”だけを教える」
模擬指導が始まる。
凛音は五段目の前で歩幅を半分にし、十一段目で無音の拍。三呼吸後、壁の白を見る。動作は正確だが、最後の視線移動でわざと遅れを作る。
「そこで溜めるな。終わりを延長すると帯が引き戻す」
幸星の声に、凛音は小さく笑って修正する。
航大は別の一年生役として、呼吸をずらさずに帯へ入る。すぐに亜衣が制止の動作を見せ、呼吸の拍を崩すよう指示する。
「拍を崩すのは、記録を避けるため。意味は言わなくていい。手順を先に」
数回の模擬を経て、全員が“指導の順番”を確認する。
1.動作を見せる
2.一緒にやる
3.意味は最後に短く補足(必要なら)
ブレンダンが英語でまとめ、アナリアが日本語に訳す。
『Show → Do together → Explain if needed』
カードの隅にこの順番を小さく印刷する案が出る。
最後に幸星が黒板を軽く叩く。
「次は実地。明日、実際に一年生を連れていく」
室内の空気が少し引き締まる。
窓の外、日が沈みかけ、校庭の影が長く伸びる。
抜け道はまだ階段の向こうにあるが、その通り方は、確かに八人の間で揃いつつあった。
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