第36話_広がる声と不安の影
文化祭の準備で賑わう校内で、
数日後、北校舎の裏庭に集まったのは幸星たち五人と、新しく加わった悠と澪。夏の湿った風が草を揺らし、遠くで部活動の掛け声が聞こえていた。
「この前の“通り方”、ちゃんと覚えたか?」
航大が問いかけると、悠は勢いよく頷き、澪も落ち着いた声で「二度ほど練習しました」と答えた。
凛音が用意してきた小さなカードを皆に配る。灰色、青、白の三色だけで描かれた簡素な図は、見れば自然と手順を思い出せるように工夫されている。悠はカードを何度もひっくり返しながら、興味深そうに指でなぞっていた。
「実際に通ったあと、どう感じた?」
亜衣が問いかけると、悠は少し考えてから言った。
「なんだか、見えないドアを開けたみたいでした。体が軽くなるというか、でも逆に背中がざわついて……」
言葉を探す悠の様子に、澪が静かに補足する。
「私は、風の流れが急に変わるのを感じました。きちんと手順を踏めば安全に行けるけど、もし順番を間違えたらと思うと怖いです」
その言葉に、凌が小さく頷く。
「だからこそ、全員が正しく覚えなきゃならない」
練習を終えて散開する直前、悠がふと口にした。
「やっぱり、これ他の人にも伝えた方がいい気がします。僕らだけで持ってても、いざって時に役立たないかもしれない」
幸星は一瞬迷い、凛音と目を合わせた。凛音は小さく息を吐き、言葉を選ぶように応じる。
「その気持ちは分かるよ。でも今は、人数を広げすぎると危険なんだ。噂になれば、遊び半分で試す子が出てしまう」
亜衣も少し険しい声で続ける。
「前に記録帯を壊しかけた子がいたでしょう? ああいうことがもう一度起きたら、取り返しがつかない」
悠は唇を噛みしめたが、それ以上は反論しなかった。ただ、眼差しにはまだ納得しきれない色が残っていた。澪はそんな悠の袖を軽く引き、小声で「今は黙っておこう」と囁いた。
解散したあと、幸星はしばらくその場に残り、風に揺れる草を見つめた。広がろうとする声と、それに伴う不安の影――自分たちの行動が、知らず知らずのうちに波紋を呼んでいるのを肌で感じていた。
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