第11話_七限目の残響
翌日の七限目、チャイムが鳴り終わるころ。
七限目のチャイムは、鳴り終わってからも耳に残った。音楽室での片づけを終え、六人は別々の教室へ戻っていったはずだった。しかし、凛音は足を止めた。廊下の端、窓際の掲示板に「時間割変更」と赤字で貼られた紙が、微かに揺れている。風はない。
「……今、誰か通った?」
独り言のように呟くと、背後から航大の声が返ってきた。
「いや。さっきの階段、俺が最後だった」
彼の手には例の記録帳。さっきまでのページに、まだ書き込みが続いている。
亜衣が角を曲がってきて、三人になった。
「この揺れ方、変じゃない? 風じゃなくて……拍っぽい」
言いながら紙の端を指で押さえると、揺れは止まった。しかし指を離した瞬間、また一定のリズムで動き始めた。
「……一拍休符、四分音符、四分音符、二分音符」
凛音が低く数えた。航大はすぐに記録帳に書き写す。亜衣は揺れの速さを目で測り、心臓の鼓動と合わせてみる。違う。これは校舎の拍じゃない。
凌が廊下の奥から歩いてきた。姿は見えているのに、足音がこちらに届かない。
「紙、外すか?」
短い問いに、凛音は首を横に振った。
「まだ。……多分、場所の指示」
「場所?」
航大が眉を寄せると、凛音は紙に書かれた「時間割変更」の文字を指さす。
『音楽Ⅲ』の横に、見慣れない教室番号。三階北端の旧準備室。授業には使われないはずの場所。
「行くのか?」凌の声には肯定も否定もなかった。
「全員で」
幸星の声が階段下から届いた。いつの間にか、彩菜と一緒に戻ってきている。
「置き場所を決めた次は、拾う場所を探す」
彼はそれだけ言って、階段を上り始めた。
三階北端の廊下は、外光が薄い。窓は南側だけで、北の壁には古い掲示物が色あせて貼られたままだ。旧準備室の扉は、縦長のガラスが中央にあり、その向こうは暗い。
「鍵……」
彩菜がドアノブに手をかけたが、回らない。亜衣が反射的にポケットを探り、音楽室の鍵束を持っていないことを確認する。
「じゃあ、これ」
凛音が廊下の掲示板から「時間割変更」の紙を剥がし、その裏を見せた。裏面には、細い鉛筆の線で鍵の形が描かれている。
凌が前に出て、ドアの鍵穴に耳を寄せた。中で金属が小さく動いている音がする。彼はその音を四拍に分けて聞き、紙の線と照らし合わせながら、手の中で形をなぞった。
「試す」
凌がドアノブを押し下げると、鍵はあっさり回った。扉は重く、開くときに古い蝶番が息を吐くような音を出した。
中は真っ暗だった。航大がポケットから小型ライトを取り出し、床を照らす。そこには譜面台が一つ、そしてその上に、見たことのない厚い五線譜が開かれている。
凛音が近づき、譜面を覗き込んだ。音符はほとんどない。代わりに、休符だけが並んでいる。全休符、二分休符、八分休符……間にわずかに置かれた単音の記号。それは昨日、箱を閉じたときに鳴った音と同じ高さだった。
「……拾うって、これか」
幸星が低く言った。
「音を探すんじゃなく、音のない場所を見つける」
航大は記録帳を開き、新しいページに「拾う場所→旧準備室/休符譜面」と書く。
その瞬間、廊下からチャイムの残響が流れ込んできた。七限目の、もう終わったはずの音。それは譜面の休符をひとつずつ踏むように、間を置きながら続いた。
「閉めるぞ」
凌が扉に手をかける。凛音は譜面を閉じ、譜面台ごと壁際へ押しやった。航大がライトを消し、亜衣は足元を確かめながら退く。彩菜は廊下の先を見張り、幸星は最後に鍵を回した。
鍵がかかると、残響は途切れた。廊下はただの放課後に戻った。だが六人の呼吸は、まだ休符を数えている。
「明日は、この譜面の順で歩く」
幸星が言うと、凛音は無言で頷いた。拾う場所は見つかった。次は、そこから何を運ぶのかを決めるだけだ。
片づけを終えると、理科棟側の廊下へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます