第12話_休符の行進
理科棟へ向かう導線上で、雨上がりの匂いと校舎の匂いが入れ替わった。
翌朝、六人はまだ始業前の校庭に集まった。空気は冷たく、校舎の壁際には夜露が薄く光っている。昨日見つけた「休符だけの譜面」をもとに、今日は校内を歩く――ただし、譜面の順番どおりに。
凛音がコピーした譜面を手に持ち、最初の休符を指さした。
「ここから、四拍休符」
幸星が顎で合図をし、全員が無言で四歩分だけ静止する。足音は止まり、耳に入るのは朝の小鳥の声だけだ。
「次、二分休符。二歩で」
航大がストップウォッチを押す。亜衣は歩数と呼吸を合わせ、凌は後方で他の生徒の動きを監視する。彩菜は列の脇に立ち、右手で次の方向を指示する。
校舎に入ると、廊下の空気が急にひんやりと変わった。南側の窓から光が差し込み、床のタイルに縞模様を作る。譜面どおりに進むと、いつもは通らない旧校舎側の渡り廊下へ出た。
「ここ、三連休符」
凛音の声に従い、全員が三歩分静止する。奇妙なことに、その間だけ廊下の奥から人の声が消えた。前後左右、音が吸い取られたように無音になる。
「……聞こえた?」
亜衣が小声で訊く。
「何を」
「三歩目の終わりに、小さく高い音」
凛音が頷く。
「昨日の譜面にあった単音だ」
再び歩き出すと、次は八分休符。足を止める時間はほんのわずかだが、その瞬間だけ窓の外の景色が一枚の写真のように止まって見える。風も、葉も、遠くの鳥も。
四階へ上がる階段に差しかかったとき、航大がストップウォッチを止めた。
「ここから先は、譜面の中で唯一、全休符が続く区間」
幸星が前を見上げる。階段の先は薄暗く、最上段にだけ光が落ちている。
全休符――つまり、しばらく動かないことを意味する。六人は階段の途中で立ち止まり、それぞれ静止した。
すると、下から「カン……カン……」という金属音が上ってくる。靴音ではない。譜面台か、鉄パイプを打つような音。そのリズムは、彼らが立ち止まった拍にぴたりと合っていた。
凌がそっと階段の端に寄り、下を覗く。しかし見えるのは、空の廊下だけ。音は確かにあるのに、発生源は見当たらない。
全休符が終わると同時に、幸星が小さく手を動かした。
「進む」
全員が再び歩き出すと、音はぴたりと止んだ。
四階の突き当たりには、古びた音楽資料室がある。扉は開いており、中は薄暗い。棚には古い楽譜や指揮棒、割れたメトロノームが並んでいた。
「最後の休符は、この中だ」
凛音が譜面の端を示す。全員で室内へ入ると、空気がさらに冷たくなった。
中央の机の上に、小さな黒い箱が置かれている。手のひらほどの大きさで、蓋には五線譜が刻まれていた。その譜の一部は削られ、休符だけが残っている。
「拾う場所……これだ」
亜衣が息をのむ。
幸星は箱を持ち上げ、耳に近づけた。中からは何も聞こえない。ただ、手に伝わる微かな振動が、昨日の譜面と同じリズムを刻んでいた。
「運ぶぞ。戻るまで、この休符を崩すな」
幸星の声に、全員が無言で頷いた。
廊下に出ると、外の光が一気に差し込み、影が長く伸びる。振動は途切れないまま、箱は静かに揺れていた。
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