あなたの隣に相応しい

@ibu5243

第1話

カッ……カッ……ガンッ!


木刀を下から上へ、力強く振り上げるとアナイシスの上体が後ろに傾いた。隙だらけとなったその胴体に叩きこむように木刀を振おうとする。……いや、これは、


アナイシスの顔に視線を向けると、やはり勝ち誇った表情をしている。間抜けにも誘い込まれてしまった俺、回避が間に合わない。

ならば、迎え打つ。アナイシスのことなら、常に俺の前を進んでいる彼女のその動きなら、これまでに幾度も見てきたのだ。

アナイシスが振り下ろした木刀を、身体に叩きこまれるそのすんで寸前のところで弾き返す。

ガンッ!と木刀同士がぶつかり合ったあと、隙だらけになったアナイシスの胴体に向かって再び木刀を振るった。


「フム。私の負けだな」


防具をつけていたため、多少の痛みはあれど問題はないのだろう。加減なく勢いのついたまま叩きこんだ木刀に対し、痛みを感じていない様子で安心する。


「そういえば、こうして手合わせをしたことは無かったな。なんだ、悔しいのか」


「フン。お前の実力は私が一番よく知っているさ」


防具を外し始めたアナイシスに合わせ、俺も外していく。


「突然どうしたんだよ、手合わせなんて」


「……そうだな。暇だからかな」


そう言い、フフッと微笑む。

シールズ・アナイシス。彼女が暇などそうそうないことだ。シールズ隊隊長として、俺を含め十六の隊員を束ねている。


つい先日まで、遠征に出ていた俺たち。その事後処理を行うのは主に隊長であるアナイシス。それと、副隊長である俺、ではなく副隊長補佐であるマタール・シトリアだ。

この二人は事後処理として報告書の作成をしなければいけないため、遠征後もしばらくは忙しいと思うのだが。もしやアナイシス、仕事をシトリアに押し付けたのか?


「ム、何だその目は。……あぁ、私に見惚れているのか。しょうがない奴だな」


やれやれと肩をすくめるアナイシス。訂正することはせず、俺はスタスタとその場を去る。要は図星なのだ。

そんな俺の背中に向け、


「昼休憩後、基地の会議室に来てくれ。他の隊員達も集めておいてくれよ」


と言った。

片手をひらひら振って、それに了承の意を示す。

上司に向かって、この対応は目に余るものだろうが、彼女はとくに何か言ったりしない。

出会った時はお互いが六つの時。これくらいのやり取りが俺たちにとっての普通なのだ。


食堂に入ると、多くの隊員がすでに昼食をとっていた。その中にはシールズ隊の隊員達もおり、俺に気がつくと手を振る者がいればぺこりと頭を下げる者もいる。

他の隊では上下関係が大変厳しく、上司より先に食事を取ってはいけないなどという中々に理不尽な所もあるのだそうだ。そう考えれば、シールズ隊はいい雰囲気というか、緩いというか。仕事はキッチリこなしているので、問題は無いと考えている。


シールズ隊の隊員に昼休憩後基地に集まるよう伝える。この場には十二人の隊員がおり、他の隊員は基地にいる。

食堂にいない隊員は、弁当を持参したり、広場の出店で買ったものを基地で食べているのだ。


シールズ隊以外にも、四つの隊があり。主にこの五つの隊がカルデニア王国や、周辺の村々を魔物や魔族から護る剣だ。

その中でもシールズ隊は遠征がメインの隊の一つであり、少数だが実力者揃いと名高い。


食堂の料理は日替わり定食となっており、毎日栄養豊富な、バランスの良い食事が食べられる。


本日の料理である、魚定食を受け取るといつも座る席に移動する。席自体は特に決まっておらず、自由に好きな席に座れる。

しかし、暗黙の了解というものなのだろう。隊長や副隊長が座る席というのが限定されており、その席や周辺の席はいつもガラリとしている。そのことに多少の寂しさは感じるときがある。サッと昼食をとり終え、基地へと向かう。やはり残りの隊員達は基地におり、すでに食事を取り終えたのだろう。先の遠征で使用した道具の手入れをしたり、仮眠をとったりと思い思いに過ごしている。


その中の一人、副隊長補佐であるシトリアが一心不乱に報告書を作成しているのが見えた。目の下にはクマができており、髪はボサボサ。

普段の人懐っこい笑顔を見せる彼女とは違い、少し吹き出してしまった。


「……あ、先輩ぃ」


吹き出した俺に気付いたようで、視線を俺に向けた。


「どうだ、報告書作成の方は。終わりそうか?」


本来ならば補佐というポジションはなく、報告書は副隊長である俺が作成しなければならない。

しかし、残念ながら戦うことのみに全てを注ぎ込んでいる俺には報告書を作成しても、何度もやり直しを言い渡され、見かねたシトリアが作成するようになったのだ。

 

「いつかは終わります。えぇ、いつかは。そのいつかが全くきませぇん」


珍しく弱っているようで、今にも泣き出してしまいそうだ。


「俺がやろうか?」


「いえ、私の仕事が増えちゃいます」


即答されてしまった。


「それ今日までではないのだろう。なら、少し休んでもいいのではないか」


考える素振りをするが、やがてフリフリと肩にかかるほどの髪を揺らしながら、


「急に任務が来た時に対応しきれません。やっちゃいます」


「そうか」


「コーヒーどうぞ」


隊員の一人、ミネルバ・アーランがお盆に乗せたアイスコーヒーをずいっと俺の眼前に突き出す。俺はホットの飲み物が苦手で、どれだけ寒かろうと可能な限り氷を入れた、キンキンな状態で飲むようにしているのだ。


「あぁ、ありがとう」


俺たちの隊は、近隣の村々が魔族や魔物から護るため、急に遠征に向かわなければならなくなる。その度に報告書を書かないといけないのだから、やはり報告書作成の仕事は大変そうだ。こうやって眺めながら食後のコーヒーを啜ることしかできないとは、なんて無力なんだ。


「気が散るのであっち行ってください!」


俺からアイスコーヒーを奪い取ると、それを一気に飲み干し、うぉぉぉぉぉ!と作成していく。どこかで、カフェインの効果は十五分から三十分後からと聞いたことがある。単純な奴だ。


自分の席で剣の手入れをしていると、続々と隊員達が戻ってきた。その後すぐに昼休憩が終わり、俺の指示のもと会議室に整列させる。

会議室にはアカデミーのように書き込めるボードが前にあり、あとはずらりと長机と椅子が並んでいる。

四列にわたって、一列に四人まで座れる。

この隊はこれ以上隊員が増えることはなく、この中から欠けたらまた新たに補充される。

多少の狭さは感じるものの、誰一人として欠けていないことがよく分かり、俺は安心する。


暫くして、閉じていた扉が開き、アナイシスが入ってきた。ボードの前にドンっと立つと整列する俺たち隊員一人一人の顔をゆっくりと見ていった。


「皆、今日まで私のもとで、良く働いてくれた。アルベド、カッシュ、ミーロル、ネリア……」


突然上げ出したその名前は、しかし俺のよく知るその名前は惜しくも任務で命を落としてしまった者たちの名だ。


「……アリバートン。彼らの想いを繋ぎ、私たちはこれからも歩み続けなければならない責務がある。忠誠を誓い、カルデニア王国の剣として」


一息つくと、


「私は、今この時を持って隊長の座を退く」


隊員達からほうけた声がする。声は出さなかったが、俺も目を見開いていた。この隊はシールズ隊。シールズ・アナイシスが隊長だからこその隊なのだ。


「突然の報告となってしまい申し訳ない。前々から決まっていたことではあるのだが、いつ決行されるのか分からず、知らせることができないでいたのだ」


まとめるとこういうことだ。

数十年に一度行われる勇者召喚の儀を行う。歴代の勇者達は多くの功績を残してきたが、そんな彼らは召喚された時、一切の戦闘経験がない状態。そんな勇者の指南役兼勇者パーティの一員としてアナイシスが選ばれたということだ。


「隊長の座を退くということは、隊を解散するわけではないのですか」


普段テンションが高いシトリアが落ち着いた口調で聞いた。聞かされていたわけではないのだろう、どこかで勘づいていたのか。


「そうだ。これからもこの隊で皆には活動してもらいたい。……ローレンス」


アナイシスが俺に微笑む。


「任せたぞ」

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