第2話 自然を浴びる?
いつからか、教室に入ると体が強張るようになった。女子の小さい声や男子の大きな声にビクッと反応してしまい、何度も息を呑むようになった。
「おい、ひすい、早く行くぞ」
「え、次、何の授業だっけ?」
「生物だよ、生物。次、実験だから」
「あ、ひすい君、まって。今日の学年集会のことなんだけど……」
ひすいは、学年の人気者だ。彼は明るくて優しい。そして、大人びている。というか、落ち着いている。男女問わず、いつも彼のまわりには人が集まっている。
正直、彼と仲良くなった事は、今でも信じられずにいる。
ある日の夜、私は課題の数学に手こずっていた。
「絶対値って、なんなの……」
高校に入ってからはろくに勉強をしていなかったせいか、学校の宿題でつまずく事がこの頃多かった。
ラムネを食べて糖分補給をして、問題を睨みつけるが、手が少しも動かなかった。
そして、ベッドに身を投げた。私はこの時、二年後に迎える受験にすごく不安を覚えた。でも、体はベッドから離れようとしなかった。
「……あぁ」
ひすいは、不安なんて覚えないだろうなぁ。
ひすいと会って二ヶ月、私は彼の事をよく考えるようになっていた。登下校、授業中、放課後、夜寝る時、などなど。
この時も、ひすいと話したくてたまらなかった。彼の存在は、本当に温かいのだ。言葉ではうまく言い表せないんだけど。でも、みんなから好かれるのも納得してしまう、そういう人だ。
机の上のスマホを手を伸ばして取った。それから、彼のメールを開いていた。
「あぁ」
ひすいと話したい、この気持ちが溜まりに溜まっていた。学校でも少ししか話せないし、メールでもそこまでやり取りをするわけでもない。
彼の声が聞きたい。と、私の指は彼に電話をかけるように動いていた。
着信音を聞いた途端、どうしよう、と思った。別に話すネタがあるわけではなかったのだ。
私は非常に焦った。だから、彼の、はい、と出る声が聞こえても当然、話すネタなんて考えれていなかった。
「もしもし、かのちゃん?」
「あ、夜遅くにごめんね、ひすいくん」
「どうしたの? なんかあった?」
ひすいが深刻そうに尋ねてきたから、より焦った。
「あー、えーと、課題がわからなくて」
「え、それだけ」
「うん」
間が空いた。気まずい間だ、と思った次の瞬間、ぷっと吹き出す音が聞こえてきた。
「おまっ、そんな不安そうな声で、『課題がわからなくて』って」
ひすいが、ゲラゲラ笑い出して、少し恥ずかしくなったのと同時に、ムッとした。
「もう、バカにしないでよー」
「いやいやいいよ、めっっちゃ、かわいい! うん。ぷっ、『課題が……」
「もぉ!」
ひすいは、はぁー、と笑い終わった後、冷静な答えを返してきた。
「ちなみに、俺に聞いても無駄だぜ。学年ビリだから」
「あ」
完全に忘れていた。彼が中間テストで十教科全て赤点を取ったということに。
「なんで俺に聞いちゃうかねぇー。ぶふっ、ほんとぉ」
「うるさいなー」
でも、電話をかけてよかった。ひすいとこんなに楽しいひと時を共に過ごす事ができたのだから。
やっぱりひすいはすごい、と思った。
「ねぇ。なんでひすいくんは、そんなに明るい人なの?」
「なに、急にマジな質問?」
「真面目に答えて」
彼は、うーん、と数秒唸った後、言った。
「それはヒミツ」
「え、なんで」
「さぁ?」
私はこの時、悲しくなった。やっぱり彼にとってはまだ私は、他人の内の一人なんだろうなぁと思って。
会話に間ができた後、ひすいは、けど、と続けた。
「例えで言うなら……自然を浴びているから」
「自然を浴びる?」
「昼休みに学校抜け出して、川辺で日向ぼっこしたり、綺麗な花を育てたり、家ではベランダに出て星空をみたり」
それから数分話して、通話は終わった。
通話の後、部屋のベランダに出てみた。そして、光り輝く星を見てみた。でも、この時の私は、まだ何も感じなかった。
芍薬 春本 快楓 @Kaikai-novel
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