謀反


 谷を囲うように空高く蒼い結界が立ち上がる。

(さあ、始めるかジュウゾウ)サイゾーが腕を回す。

(狩りの始まりだ。うち漏らすなよ)


 サイゾーが腰に回した装備帯に触れると音もなく装備帯から灰色の繊維がその体躯に纏わりつき、瞬く間に銀色の甲冑へと変化した。


 全身が隈なく鎧で覆われ、顔も面で覆われており表情はうかがえない。目に当たる部分には青い結晶がはめ込まれ、暗闇の中でギラギラと静かにきらめいている。


 胸には活動時間を知らせる青い宝玉。

 両腰にはずっしりとした重量のある鉈。


 その姿はまさに鬼人を彷彿とさせた。


 俺達の装備は屠った妖怪を素材といて作成される。人を超えて妖怪に近づこうとするのだ。必然的に俺達の姿も人間から離れてしまう。


 俺も腰の装備帯に触れ、念じた。


 装備帯から赤い繊維が伸び俺の身体に纏わりつくように駆け巡ると深紅に染まった鎧へと形状を変えた。


 視界が鎧越しの黄色い世界に変わり、背中に背負った巨大な大刀がずしりと肩にのしかかった。


 谷を囲っていたシノビ達が一斉に火炎筒を谷へ放射する。妖怪 野鉄砲を改造して作成された特注品だ。


 たちまち谷は業火に包まれ、周囲が真昼の様に明るくなった。

「いくか」


 サイゾーが音声で俺に言った。もう隠密をとる必要はないのだろう。

「おう」


 俺はサイゾーの後に続き、谷へと飛び込んだ。


 獣の叫びがあたりに木霊し、炎の中をいくつもの影がうごめく。

 谷は一面火の海だった。その中を俺達は駆け抜ける。


 人語を操る狐。妖狐。人を誑かし、人に仇成すモノとして幕府に討伐依頼として設定された。

 幕府の勧告に投降せず、周囲の村落や幕府の開発事業を幾たびも妨害した。


「ジュウゾウ、狐を逃がすな」

 サイゾーは刀を抜き放ちながら俺に言う。

 言っている傍からサイゾーは2体の妖狐を切り伏せた。


「分かっている」

 俺も背中の大刀を抜き放った。赤刀レッドナイフ。妖力を有した魔のものを切り伏せる大刀。


 大の力士でも持ち上げられないだろう鋼の塊。

 だが、甲冑を纏った今ではその重さは紙きれほどにしか感じない。


 無造作に歩く度、狐がとびかかってくる。それを無感情に切り伏せる。数秒で終わる仕事。それを淡々と続ける。


 目の前の巣穴から数匹の狐が飛び出してきた。親子なのだろうか。2匹の大柄の狐に連れられるようにして数匹の子狐が後に続く。

 家族か。


 刀を振り上げようとしてできなかった。「ジュウゾウ!」サイゾーの叫び声。

 狐達が俺をすり抜けて走り去っていく。


「どうして躊躇した?」サイゾーは俺を咎めるように聞いた。

「……」俺は何も言えなかった。ただ、あの光景が目に焼き付いて離れない。

「ジュウゾウ!」

 サイゾーが双刀を振りながら叫ぶ。

「何をしている」


 サイゾーの前では数匹の子狐が泣き叫びながら両断された親狐の亡骸にすがって鳴いている。


 あ、あ、


 俺は後ずさった。今、俺達がしていることはなんだ。


「ジュウゾウ」サイゾーは俺をちらりと見た。

「この者達に罪はない」俺は絞り出すように言った。

「……だが、俺達の仕事は何だ?」サイゾーの声は静かだった。


「妖怪を討伐し管理することだ」俺は言った。

「そうだ」サイゾーは頷いた。

「それが仕事だ。俺達ははその仕事を全うする。それだけだ」


 サイゾーが俺から背を向けた。

「サイゾー!」俺はたまらず叫んだ。「お前はそれで平気なのか?」

「何を言っている」サイゾーは振り返らなかった。「それが俺達の仕事だ」


 サイゾーは再び子狐に向かい合う。

「一匹でも残すと厄介だ。俺がやる」


 サイゾーが双刀を振り上げた。ようやく子狐達が頭をあげてサイゾーを見た。固まっているようだ。逃げようとしない。


「じゃあな」

 サイゾーが双刀を振り下ろすのと同時に、俺は駈け出していた。

 甲冑で強化された足で大地を蹴り、一気にサイゾーに肉薄する。


 神速で振り下ろされたサイゾーの刀を肩で受け、そのまま子狐に覆いかぶさった。

「何してる!」サイゾーが叫ぶ。

「ジュウゾウ!そいつは敵だぞ」

「分かってる」


 俺は子狐をかばいながら立ち上がった。背中の刀を抜く。

「サイゾー、考え直してくれ」

「何をだ」

 サイゾーは苛立って頭を振る。

「こいつらはまだ人を殺めていない。何もしていない」


「関係あるか!」サイゾーが怒りの声を上げた。

「幕府に従わぬ鬼神は全て敵だ」


「だが、こいつらとはまだ交渉の余地がある!子供には罪はないだろう」

 俺はサイゾーに向き直る。


「ジュウゾウ、幕府が掲げるのは正義、俺達はその狗」

 サイゾーが双刀を俺に突きつける。


「何を血迷っている!相手は畜生だぞ!自分の境遇を重ねでもしたか!お前だってさっきまで殺しまくってただろう。安っぽい人情にでもかぶれたか!」


「違う、俺は」


「駄目だな。ジュウゾウ。お前もここで死ね。」サイゾーは構えた。俺も刀を正眼に構える。

「いくぞ、ジュウゾウ」


 サイゾーが動いた。俺も飛び出す。

 刀と刀がぶつかり合い火花が散った。


「ジュウゾウ!」サイゾーが叫ぶ。


「考え直してくれ!」俺は叫んだ。

「異常者が!畜生に肩入れして謀反を起こす奴がどこにいる!」


 サイゾーが念波を飛ばし始めた。

(ジュウゾウが謀反を起こした。討伐は中止だ)

 払妖奉行所へ念波を飛ばしているのだろう。


「サイゾー!話を聞け!」俺は刀で押し込みながら言った。

「うるさい」サイゾーの蹴りで俺は吹き飛ぶ。


「ぐっ」地面に激突した衝撃が全身を走る。

「狐の巣穴もろとも死ね」

 

 サイゾーが中高く跳ね跳んで姿をくらました。

「サイゾー!俺は!」

 もう声が届かない。数秒の間に大分遠くまで飛んだのだろう。


 立ち上がろうとした俺だったが、無様にまた地面に倒れ伏した。


「うう……」

 身体が動かない。甲冑が重くなってきた。


 胸の青い宝玉が赤く点滅する。おかしい制限時間にはまだ。


 そうか。


 江戸城の払妖奉行所からの遠隔操作。甲冑に仕込まれた自爆装置の起動。


(ジュウゾウ)

 サイゾーの声が頭に響いた。


(もうお前と話すことはない。幕府に仇なしたお前は処分する)


「サイゾー!」俺は叫んだ。

(さらばだ)念波が切れると同時に、俺の甲冑が高熱を帯び始める。


「サイゾー!」

 叫ぶ声は、気道が焼けたのであろう、かすれた声にしかならない。


 眼球も沸騰してきたのか、視界が混濁してきた。

 霞む視界の隅、子狐達が既にいなくなっいる。

(よかった)

 それに安心した瞬間、爆発とともに俺の体は吹き飛んだ。

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幕末レッドマン @idd11

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