幕末レッドマン

@idd11

狩りの始まり

 夜の山中にザクザクと俺達の足音だけが響いている。今は丑の刻。

 民間人に見られぬように夜の闇に乗じて移動し数時間。ようやく目的の場所、三保に到着した。

 あたりは自分の掌も見えないほどの漆黒の闇。その中にも関わらず俺達の強化された瞳孔は目的の場所を正確にとらえていた。


 切り立った山々に囲まれた窪地。静まり返ったそこにいくつもの魔性がうごめいているのが分かった。


(あれか)

(ああ、あれだ)

 俺の問いにサイゾーが念波で答える。幕府おかかえの狩人の中でも比肩する者がいないほどの実力を持つサイゾー。

 

 私情を挟まず淡々と任務を遂行する無口な男だ。


(一網打尽にする。子供も全てだ)

(……ああ)

 サイゾーが手を上げると俺達の後ろに控えていたシノビ達が音もなく四方に散っていった。


 天下泰平となって100年あまり。対人に磨きあげられたシノビの技術は対妖怪に専ら使用され、今も健在である。


(今回の得物は小粒しかいないが。)

 サイゾーがちらりと俺を見やった。

(お前はこういう案件は苦手だったか。前回の大蛇の一族の殲滅も不参加だったよな)


 サイゾーは俺より年上だ。そのせいか俺を弟分のように扱う。


(ああ、さすがに一族郎党を根絶やしというのは気分がな。たたられそうだ。)

 サイゾーが肩を揺らした。


(祟りも何も、全部清めるから関係ないだろう)

(それはそうだが)


 サイゾーはそれきり何も言わなかったが、俺はいたたまれなくなって話を変えた。


(しかし、こんな大がかりな仕掛けをするなんて、幕府も本気だな)


 三保の谷を囲むように大掛かりな結界が構築されようとしていた。その規模と緻密さはこれまでの掃討作戦とは比べ物にならなかった。


 結界が張られてしまえば、並大抵の妖怪では触れることすら出来なくなるだろう。


(相手は単なる狐だ。巣穴を焼き払えばすむものを)

(お前が言う祟りってやつをおそれてるんだろ。一匹でも撃ち漏らせばそいつが人に仇をなす。)


 俺は狐が住まう谷を見やった。


(……そうだな)

 サイゾーはまた俺を見た。


(お前は思うに優しすぎるな。)

 俺は答えずに黙っていた。


(良い妖怪は死んだ妖怪だけだ。この狭い国土に人間以外の生き物はいらない。人間の障害となる者は全て排除し管理すべきだ。そうだな)


(ああ)


 この国にはもともと数億、数千万の神々、妖怪が溢れている。だが、人間に恩恵をもたらすモノばかりでなく、害を為すモノも数多い。


 幕府は5年前より国内の妖怪、祀ろわぬ神を次々に討伐し、従順な神々、妖怪を管理下に収めていた。


 当初は抵抗感や嫌悪感を表明していた民草もその恩恵を目の当たりにすると掌を返して支持した。


 龍の力を使用し天候を調整し、この国から大水や旱魃はなくなりつつある。

 幸運を操り、国全体にふりかかる悪運を避けるのは座敷童の力か。


 栄養満点で採取しても無限につきることはない肉の塊、ぬっぺふほふ。幕府が大量飼育している彼らの肉は良質で安価なたんぱく源として社会に出回り、都市の貧民や寒村の民草が飢餓に苦しむことも少なくなった。


 予言獣を使用し大災害などの事前予知もできる。最近では人魚の力を研究し人間の老化、病などに介入する術も模索しているらしい。


 まさに神の領域にまで幕府は達しようとしていた。

 また人間に化ける妖怪を束ね、遊郭として運営し莫大な利益も上げているらしい。


 その一方で民草に仇成す妖怪にはこうして幕府の部隊を送り込み、討伐を執行する。

 それを引き受けているのが幕府に飼われたシノビの集団、「御庭衆」と幕府によって改造され鍛え上げられた俺達「狩人」だ。


 幕府に祀ろわぬ妖怪は全て悪。全て討滅すべし。それが暗黙の了解だ。疑う余地もない。


(祀ろわぬ神など不要だ。)

 そう。それでいいんだ。

 俺はサイゾーに念波を送り、もう一度谷を見つめた。


 谷を囲うように空高く蒼い結界が立ち上がる。

(さあ、始めるかジュウゾウ)

 サイゾーが腕を回す。

(狩りの始まりだ。うち漏らすなよ)

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