"あの国"について

ヒマツブシ

"あの国"について

「絶対に”あの国”に関する質問するなよ?」


記者会見の前、先輩は真剣な表情でそう言った。



普段は決して表に出てこない権力者の会見。

カメラは事前の撮影時間のみで、会見中は持ち込み禁止。

入場できる会社も制限され、1社につき記者1名のみ。

なぜか僕が選ばれていた。



会見の内容は、ある地域の完全未来都市計画についてだった。

最新技術を詰め込んだ実験的な都市。

AIやロボットがすべてを管理し、セキュリティも万全――理想の都市だという。



だが裏では、“あの国”との利権や乗っ取り計画、監視社会の実験など、きな臭い話が渦巻いていた。

注目されているはずだが、マスコミは最低限の情報しか報道せず、ネット上では”あの国”の関与が噂されていた。



「本日はお集まりいただき——」

司会者の挨拶が始まった。



裏の権力者とはどんな人物か。

戦前、いやもっと昔から、この国を裏で動かしてきた一族だという。

今でも政界との繋がりが見え隠れしている。

“あの国”のスパイや工作員の噂も絶えない。



その人物が会場に姿を現すと、空気が一瞬で張りつめた。


歳は八十前後か。

年齢の割に若く見える。

背筋は伸び、足取りはしっかりとしている。

権力者としての存在感が、場全体を支配していた。



「え〜、まずは、この場にお集まりいただいたことに感謝を申し上げます」



会見が始まった。

声ははっきりと通り、思っていたより柔らかい印象だ。

会場の張り詰めた空気も、少し和らいだ。



内容は、未来都市への思いと展望――期待と熱意を語るものだった。

特に新情報はない。



若干拍子抜けし、緊張が緩んだそのとき、目に入ったものがあった。



あれ? あの襟元のバッチは…。

遠目でははっきりとはわからないが、色や形が――おそらく”あの国”の国旗に見える。

いや、まさか。そんなあからさまにアピールするわけ…。



さらに目を凝らすと、ネクタイの柄も目に入った。

黒を基調に、別の色で何かのモチーフが描かれている。

……あ、あれも国旗のモチーフか?

ユニークなデザインではあるが、よく見ればそうとしか思えない。



頭の中から会見内容が抜けていく。

これは一体何を見せられているのか?

もし本当なら、その意図は何だ?



「では、資料をお配りいたします」

司会者の声で、スタッフが記者に数枚の紙を配り始めた。



内容に集中しなければ。

スパイの疑いがあっても、記事を書くことが最優先だ。


……ん? なんだこれ?

資料の端に凹凸の刻印を見つける。

触って光に透かすと――“あの国”のマークだ。



思わず顔を上げ、周りを見る。

他の記者も気付いた様子で、困惑した表情を浮かべている。



会見は再開された。

これはもうわざとやっているとしか思えない。

ツッコミ待ちなのか?



しかし、先輩に言われた通り”あの国”に関する質問はできない。

見れば見るほど、わざとにしか思えない光景に逆に可笑しささえ覚える。



あえて質問したら、意外と答えてくれるのでは――と、危険な考えが頭をよぎる。

いやいや、事前通達もされているのだから下手すれば出禁だ。いや、でも……。



「質問のある方は挙手でお願いします」

数人が手を挙げ、当たり障りのない質問をしていく。



次の番だ。

仕方なく手を挙げる。

無難な質問でいこう。



「では、そちらの方」

隣の記者が指名された。



「資料の中身について伺います」

無難な質問だ。

もう茶番にしか見えない。

早く終わってくれ。



ふと権力者の顔を見る。

メガネの耳にかける部分の近くに、何かの飾りがある。

もしかして、また?

襟元のバッチと同じ国旗のデザインに見える。



「ゴホッ」

権力者が咳払いをし、水を一口。

胸元からハンカチを取り出して口を拭う。

あの色は……国旗のハンカチか?

折りたたまれてはいるが、ここまでくると、ただのアピールにしか思えない。



「では、……その隣の方、どうぞ」

次の質問がまわってくる。


慌てて立ち上がると椅子を倒し、資料を落としてしまう。

焦って立ち上がるも、言葉が出ない。



「え、えー……その……あの〜……」

これは、僕の勘違いなのか?



挙動不審な僕に、権力者は笑いながら言った。



「緊張しなくていい。

もしかして、あの噂を気にしているのか?

私も知っているが、あれはデマだ。

とんでもない誹謗中傷だ。

君のところも、そんなものに騙された記事を書かないでくれよ」



権力者の笑顔に、会場が沈黙する。

これは……どっちだ?

触れるなと言われた話題に自ら触れてきた。

触れてもいいのか、それとも念入りな脅しなのか?



言葉が喉の奥で詰まる。

せめて、今日のファッションについてくらい突っ込みたいが…。



言葉が出ないままでいると、他の記者が立ち上がった。



「では、“あの国”との関連についてお聞かせくださ……」



——パンッ——ガタッ——




乾いた音が響き渡る。

質問した記者は席に戻り、首をおかしな方向にだらんと傾ける。



足元からは徐々に液体が広がる。

会場のスタッフが駆け寄り、記者を抱えて何処かへ連れていった。




「他に質問はなさそうだね」




権力者は静まり返った会場をゆっくり見回し、足取りもゆっくりと去っていった。



「今回の記者会見は、これにて終了とさせていただきます」

司会者は何事もなかったかのように挨拶する。



僕は立ったまま、体が動かなかった。







会社に戻り、自席に座る。

会見の光景が頭の中でぐるぐると回る。

考えているようで、何も考えられない。



「お疲れ。で、どうだった?」

先輩が近づき、興味本位で少しニヤけている。



「……どうって?」

ようやく絞り出すと、先輩は少しイラついた顔をする。



「だから会見だよ。無難に終わったか?

やっぱり、あの疑惑はクロっぽかったか?」




会見の光景がフラッシュバックする。


バッチ、ネクタイ、資料の刻印、ハンカチ、そして広がる液体……




「いや、その、……全部、真っ赤でした」




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