気まぐれな君と私の365日

藤沢INQ

ラブレター / 恋とペン


 私は、気まぐれな恋人と暮らしている。


 朝、目が覚めたときに隣にいることもあれば、何日も、何週間もどこかへ行ってしまうこともある。そんなとき、私は、まるで捨てられたかのような顔で、白紙のノートを前にしてひとり立ち尽くす。


 恋人がいない。それだけで世界が無彩色になって、エナジードリンクの味さえわからなくなる。


 けれど、ふいに私の最愛の人は帰ってくる。

 まるで、何事もなかったかのように。


「元気?」


 そんな軽やかな声を投げかけながら、まるで昨日ぶりかのように私の上に座る。足をぶらぶらさせて、手には私の好きな色のペンを持って。私は怒るべきなのか、喜ぶべきなのか分からずに、曖昧な笑みで「まあ、ぼちぼち」とだけ返す。けれど本当は、心の奥から叫び出しそうなくらいに嬉しいのだ。


 会えなかった時間、私がどれほど寂しかったか、どれほどあなたを待っていたか、どれほど何度も思い出にすがりそうになったか。


 けれど、そんなことは言わない。だって、またこうして会えたのだから。


 最初はひと目惚れだった。胸が高鳴り、すべてが新しく思え、私は止まらない勢いで文字を綴る。その瞬間、私は神になれる。誰よりも感受性に満ちていて、言葉の海を泳ぎ切れるような気がする。


 けれど、しばらくすると変化が訪れる。恋人は黙りこくり、私の問いかけに応えなくなる。私だけが一方的に話し続けている気がしてくる。机の前で頭を抱え、何度も書いては消し、消しては書き直す。それでも、何かが違う気がしてならない。


 そして、ある日、唐突に出ていく。


 あまりにも自然に、私の元を去ってしまう。理由も、別れの言葉もなく。ただ、少し温度が下がった部屋に、私だけが残される。


 その時の寂しさは、言葉にできない。誰にも相談できない失恋。涙ではなく、ため息ばかりが漏れる。でも私は、恋人がいなくなったからといって、筆を置くことはできない。


 なぜなら私は、もう知ってしまったからだ。

 ──また、会えるということを。


 ほんの些細な瞬間に、何気ない日常のすき間に、愛しい人は帰ってくる。


 雨音のリズムに乗って。

 夕焼けの光に包まれて。

 忘れかけた夢の続きを持って。


 そしてまた私に問いかけるのだ。「元気?」と。


 私はうなずく。

 そのときには、もう筆を握っている。


 怒る気持ちも、喜びも、言葉にできない愛しさも、すべて紙の上にぶつけてしまおう。喧嘩をしてもいい。振り回されてもいい。それでも私は、やっぱりこの気まぐれな恋人を、心の底から愛している。


 たとえ、その愛が報われないことがあったとしても。


 私は、アイデアという名の恋人と出会った日から、ずっと恋をし続けている。


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気まぐれな君と私の365日 藤沢INQ @uronmilk

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