(プロローグ)2050年の日本に来てみたら俺の知らない社会になってたんだが

大淀蓮

(1)未来の昔話

「そんなこともわからんかのう、若者」


呆れたような顔をして湯呑みがコトッと机に置かれ、目の前の老人が俺の目を覗き込んだ。

俺はムッとして言い返す。


「未来の話なんて分かるはずないじゃないですか」

「わしにとっては過去じゃ」

「そりゃそうでしょうけど、俺には未来ですし」

「そりゃそうじゃなぁ」


カッカッカ、と白髪の老人が笑う。

俺にとっては笑いごとじゃない。


「笑いごとじゃないですよ」

「すまんすまん。しかし、無知は罪ならず。知ろうとせぬことは罪じゃからな」


老人がスッと空中に手をやり、両手の親指と人差し指を広げると、空中に画面が現れる。

昭和から出てきたような建物の中にSFが登場した。


「心して聞け、若者よ。これはこの国の『再生』までのちと骨の折れる話じゃ」


俺はある日突然、25年先のを聞く羽目になったんだ――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


事の始まりは、2025年8月15日――令和7年であり、昭和100年8月15日のこと。


家の近所を歩いていた俺の視界が突然一瞬歪むと、見慣れた風景の街の様子がおかしくなっていた。


生気がなく、どこか諦めたような顔をしながら仕事していたはずのサラリーマンたちは、同僚らしき男女たちと楽しそうに商談の成功を祝いながら歩いている。

平日のはずなのに親子らしき4人連れが揃って歩き、笑い合っている。

子供や若者が生き生きとした笑顔でとても楽しそうに歩いている。

お店には物が溢れ、多くの人達がショッピングを楽しみ、飲食店で様々な人達が食事を楽しんでいる。


老いも若きも男も女も、見る人みんなが幸せそうだ。


そして、驚くことに様々な肌色や顔つきの人々が自然にその中に混じり、日本語で会話を交わしている。


なんだここは……? 本当に……東京なのか?


俺は、門前仲町の交差点に呆然と佇んだ。


ふと見上げると、大きなデジタルサイネージ。


「2050/08/15(月)のニュース 日本のGDP、世界2位に復帰。2010年以来40年ぶり。」


「えっ!? 」


思わず声が出て、周囲の人々が俺を見る。俺は慌てて、何でもないような顔をして歩き出した。

そういえば確かに、周りの人のファッションが俺とちょっと違う気がする。


俺は、2050年の東京に来てしまった……のか?

この状況が信じられず、混乱したまま歩みを進める。


門前仲町の景色はそれほど変わっていなかった。といっても、20世紀に建てられただろう雑居ビルはいくつか消えて新しいビルに変わっていたし、飲食チェーンらしい店舗の名前は知らないものが増えていた。


松野屋って牛丼屋ができていたのには驚いた。なぜかラーメン店併設だし。


相変わらず観光客らしき外国人は多い。が、2025年のように庶民が来ているというより、身なりのいい、裕福そうな外国人観光客が多いように感じる。


しかし、2050年の東京ってこんなところなのか?

何が日本を変えたんだろう? 25年の間に何があった?


なんとなく、外国人観光客らしき人たちが向かう方に歩いて行ってみる。


俺が住んでる門前仲町は、深川不動尊っていう有名なお寺と、富岡八幡宮っていう有名な神社がほぼ隣り合ってる。

そこには外国人観光客が来ていたから、多分今でもいっぱいいるんだろうと思って様子を見に行こうと思ったんだ。


参道を曲がると、異様な光景――俺にとっては――が広がっていた。

外国人観光客の集団で埋まる参道を予想していた俺は完全に裏切られた。

お盆とはいえ、平日だというのに縁日かのように屋台が並び、親子連れやスーツ姿の社会人、まさに子供から老人までが参道を埋め尽くしていた。


そのほとんどは……日本人。

いや、正確には日本人と、日本語を喋る外国人だ。


外国語を喋っている、いかにもな観光客は思ったより多くない。

ざっくりいうと、2025年と反対の割合。

8対2というところか。いや、9対1かもしれない。


夏休みとはいえ、平日からこんなに日本人が神社やお寺に参拝するなんて、そんなことあったか?

夏休みなんて満足に取れない人も多かったはず。

俺もそうだけど。


境内に向かい参道を進んでいくと、すれ違う人たちがやけにお札を持っている。


「でけえ……」


思わず呟いた。

あの大きさのお札じゃ、間違いなく昇殿してご祈祷してもらったレベルだ。

しかも5000円や1万円じゃ、あのサイズにはならないはず。


チラチラと見え隠れするお札を見ると、どれもこれも「商売繁盛」や「業績向上」、それに「社運隆昌」。

老若男女関係なく金運関係のお札を抱えて、笑顔で歩いている。


さっぱり意味がわからない。


あの失われた30年は、失われた50年になっててもおかしくなかったはず。

なのにこれはなんだ? バブルか?

いや、バブルは生まれる前のことだから俺は知らないんだけど……それにしても。


俺は混乱する頭を振りながら、本堂に進んだ。

財布から5円玉を出そうとしていると、周りはみな500円玉を賽銭箱に投げ入れている。

5円玉が飛んできた……と思ったら何十枚もまとめて投げ込まれていた。

お札を入れる人までいて、見たことのない奮発っぷり。

もしかして、超インフレしてる……?


とりあえず財布にあった100円玉と5円玉を放り込んで、そそくさと手を合わせ、本堂の前から逃げ出す。


どういうことだ、これは?


参道を戻っていくと、屋台のたこ焼きや焼きそば、お好み焼きなんかの値段は大して変わってない。1.5倍から2倍くらいだろうか。いいとこ高くて1000円くらいだ。

どうも、超インフレというわけではないらしい。


喉がやけに渇く。真夏なのもあるが……。

ボーッとする頭をどうにかしたかった。


歩いていると自販機があった。

見てみると、ペットボトルの緑茶や炭酸飲料は250円くらい。

だいぶ高くなってはいるが、びっくりするほどじゃない。

硬貨を入れてみるとちゃんと反応したから、緑茶を買ってみた。


一口飲むと、冷たい緑茶が少しだけ頭を冴えさせてくれた。


頭を振りながら、地下鉄へ向かう。

ここだけがおかしくなっているとは思いたくなかった。


ふと、先週行った秋葉原の風景が浮かんだ。

アキバならよく知っている。

いろんなことがわかるんじゃないか、そのときはそう思ったんだ。

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(プロローグ)2050年の日本に来てみたら俺の知らない社会になってたんだが 大淀蓮 @OyodoRen

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