隣の家の悪の組織の総統さん(短編版)
すねえもん
第1話
夏の凶悪な日差しが、自転車に乗る僕の背中をじりじりと灼いている。
今年から市内の公立高校に通う僕は、部活の野球のせいで、夏休みだというのに毎日10キロ離れた高校まで通うはめになっている。
3年生が引退したせいか、監督がやたら張り切っているみたいだ。
わざわざこんな暑い時間に練習しなくてもいいと思うんだけど。
こんなことなら、「あの人」の申し出を受けて車で送ってもらえばよかった。
でも、「あの人」の車の形が独特すぎて、助手席に乗るのはちょっと恥ずかしいんだよなあ。。。。
「あれ?悠人君、学校って夏休みじゃなかった?」
練習に行くためジャージに着替え、居間に降りてくると、透き通るような美しい声が聞こえた。
声の方を向くと、そこには白髪の長髪の美しい男が、だらしなく畳の上で寝転び、スマホゲームをしながらアイスを食べていた。
Tシャツに短パンというラフな格好なのに、なぜか妙に美しく見えるのが腹が立つ。
「部活ですよ。野球の。ていうか、総統、僕のアイス勝手に食べないでくださいよ。
しかもまだ朝の9時ですよ?」
「いやあ、暑いねぇ、今年の夏は。
昨日まで仕事で東京に行ってたからさ、お土産を持ってきたんだけど、
おばさんがいないから悠人君が起きてくるまで待ってたんだよ。
はい、これ、お土産のひよ子饅頭。」
「あ、ありがとうございます。母さんは今日はパートに行ってますよ。
あと、ひよ子饅頭は福岡の名物です。」
「へえ、そうなんだ。福岡の名物かあ。勉強になるなぁ。。。。。
ちっ、何だよ、ガチャ10連したのにURが出ないじゃ無いかよ。」
彼は悪態を吐きながらスマホゲームをしている。頬には少し畳の跡が付いている。
こんな人が『悪の組織の総統』なのだという。
何かが間違っている気がする。。。
「総統が出張るなんて珍しいですね。東京で何か悪い事件でも起こすんですか?
さすがにあんな大都会で起こしたらヤバくないですか?」
僕は朝の支度を続けながら、何の気なしに聞いてみた。
「悪い事件だなんて人聞きが悪いね。
ただ、表の企業の本社に行く用事があっただけだよ。」
食べ終えたアイスの棒を咥えながら、彼は言った。
「しっかし、こんな暑いのに野球なんて若いねえ。
おじさんの私にはそんな元気はないよ。」
「そんな見た目で何言ってんですか。説得力ないです。
どう見ても二十代前半にしか見えませんよ。」
10年間全く変わらない、腹が立つほどの美貌の彼に若干イラッとしながら言い返した。
「いや、駄目だよ。最近なんてゲームで二徹できなくなってきたもん。」
(悪の総統の老いの基準が、ゲームで徹夜できるかっていうのはちょっと変だと思うけどな。)
僕は母さんが作っておいてくれた朝ごはんを食べようと、温め直したお味噌汁を飲もうとした。
「なんだか良い匂いがするね。お味噌汁の匂いを嗅いだら腹が減ってきた。
今日は朝からアイスしか食べてないから。
悠人君、朝ごはん僕にも分けてくれない?」
「総統が朝ごはん食べないって珍しいですね。
アガサさんに作ってもらわなかったんですか?
あと、朝ごはんは僕の分しかないので駄目です。」
『アガサさん』とは、総統の秘書兼メイド的な存在で、身の回りの世話をしながら、隣の家に総統と一緒に住んでいる。
一応、『悪の組織の参謀長』だそうだ。本人談だけど。
「いや、どうしてもゲーム機のSwitching2が欲しくてさ。
片っ端から色んな店で抽選を申し込んだのは良いんだけど、
3台も当たっちゃって、キャンセルもできなくてさ。
それが3台とも昨日届いたもんだから、アガサが怒っちゃってさあ。」
そう言いながら勝手に茶碗にご飯をよそい始めた。
「何勝手にご飯よそってるんですか!
僕はこれから運動するんですから朝ごはんはしっかり食べなきゃいけないんです!
しかも学校まで自転車で10kmですよ?
練習の途中で腹が減ったらどうするんですか。」
「いいじゃんか〜。こっちも午前中アイスだけだなんてエネルギーが足りないんだよ〜。
あ、そうだ!学校まではうちの車で送ってあげるからさ。
もちろん、帰りも迎えに来るし!」
「総統の車は目立つんで遠慮します。
猫の顔があるのとか、なんかトゲトゲだらけのやつとか。
学校で噂になったらどうするんですか。」
「何でよ!うちの車かっこいいでしょ!
『猫型装甲車トトロンバスMark2.2』なんて喋るんだよ?
そこらのAIなんて目じゃ無いくらいに優秀なんだから!!」
「それが目立つって言ってるんです!!
しかも、そこはかとなくパクリ臭がするし!!
もっと普通のやつは無いんですか!!」
「悪の組織の乗り物が普通でどうするんだよ!!
あと、パクリじゃないよ!!インスパイアだよ!!
。。。じゃあ、『世紀末聖帝3輪バイク』とかどう?
後部座席で足組みながら肘ついて乗れるよ?
『デカくなったな。小僧・・・』とか言えるよ?」
「それもパクリじゃ無いですか!!
はぁ。。。。もう良いです。
送迎は要らないんで朝ごはん半分あげますよ。」
「やった!!ありがとう!!いただきます!!
やっぱ、お味噌汁はジャガイモと玉ねぎが最強だよねえ。」
そう言いながら、彼は嬉しそうに朝ごはんを食べ始めた。
部活の練習が終わり、道具の片付けをしていると、チームメイトの赤井直樹が話しかけてきた。
「お〜い、九十九悠人! なんか、でっかい真っ黒な車に乗った、おっそろしく綺麗な男の人がお前を探してるぞ。お前の兄貴か何かか?」
僕は嫌な予感を覚えながら、片付けの手を止めて返事をした。
「赤井、前から言ってるだろ。
なんでフルネームで僕のことを呼ぶんだ。
苗字の『九十九』か、名前の『悠人』か、どっちかにしてくれ。
あと、その人は兄貴じゃない。うちの隣の家の人なんだ」
「いや、『ツクモ・ユウト』って、なんか韻を踏んでて呼びやすいんだよな。
そっかぁ、隣の家の人なのか。
お前と一緒でイケメンだから、兄弟なのかと思ったよ。」
僕は苦笑いしながら片付けを終え、学校の駐車場へと歩き出した。
近づくにつれて、校舎の陰にできた人だかりが見えてくる。どうやら女子生徒の割合が多いようだ。
その中央に立っていた青年は、周囲の女子たちに笑みを向けながら軽く会釈していたが、僕に気付くとパッと表情を明るくし、大きく手を振った。
「悠人君! 自転車が載せられる車で迎えに来たよ! アイス買って帰ろう!」
僕は深くため息をつき、苦笑混じりに歩み寄った。
「だから、目立ちたくないって言ったでしょう!!」
隣の家の悪の組織の総統さん(短編版) すねえもん @suneemonn
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