CERES07-AAR-02β 生存者
通路の先に、半ば崩れかけた補強ゲートが現れた。
パネルのひび割れた表示には、かろうじて「物資保管庫」の文字が残っている。
「……物資保管庫のようです」
ノヴァが文字を指でなぞりながら言った。
マラリは軽く頷いた。
「開けてみましょう。中に何か残っているかもしれない」
通路沿いの床には、焼け焦げた装備が散乱していた。破損したヘルメット、歪んだ銃身。どれもコロニー防衛隊の標準装備だ。
壁には焦げ跡が残り、かすかに硝煙の臭いが漂っている。
ゲートの脇には、粗末な土盛りがいくつも並んでいた。
整地されたその小さな墓の上には、簡素な金属板や折れたナイフ、名もなき標識が墓標のように立てかけられている。
「……埋葬された跡だな」
カワチが静かに言った。
マラリは膝をつき、土を指先で軽く撫でた。
乾いた地面の下には、まだ柔らかな土がわずかに残っている。
「浅い……重機ではない、手でやった跡ですね」
「……誰かが、仲間を弔ったんだな」
ノヴァが周囲に目を走らせた。
半ば埋もれた識別タグの破片、ヘルメットの内側に記された手書きの文字。すべてが、誰かが仲間を想い、ここに弔った証だった。
「数は……七人か。防衛隊の隊員だろうな」
カワチの声に、沈黙が広がる。
マラリはそっと立ち上がり、隊員たちを見回した。
その表情には、緊張とともに、どこか微かな希望が宿っていた。
「生存者が、まだ近くにいるかもしれません」
その一言に、部隊は身構えた。
物資保管庫の扉は片側だけが開きかけていた。
中は薄暗く、埃と焦げた匂いが立ちこめている。
内部には、積み上げられたコンテナや弾薬箱、破れたテントの残骸、簡易コンロの跡があった。
「誰かがいたようだ...」
ロドリゲスが低く呟いた。
「最近まで」
カワチも頷く。
空になった水筒が隅に転がり、封が切られたレーションの袋が足元に散らばっていた。
埃は少なく、足跡も生々しい。
「誰かが、ここで踏ん張ってたってことか」
エッサーマンが天井を見上げる。
そのとき、部屋の隅に何かの端末が倒れているのが見つかった。小型の通信機と、古いタブレットだ。
ダースがすぐさま端末を手に取り、チェックを始める。
「破損はしてない……ログは見られそうです」
数秒の操作ののち、タブレットの画面が点灯した。
画面には、簡潔な記録が残っていた。
『……第6小隊、壊滅。ヴァシレフ司令官と実験体を地下に封じ、施設を封鎖。
地上部隊は外部拡散を阻止するため防衛を継続、通信妨害機能を維持。
緊急救援信号は送信不能。繰り返す、地上に留まれ。地下には危険が残っている』
「そこで途切れてますね」
ダースが顔を上げた。
「ヴァシレフ司令官……?」
マラリが眉を寄せる。
「地下に“何か”がある。そして、防衛隊はそれを上に出さないために、ここに留まっていた……そういうことか」
カワチが低く呟いた。
「妨害電波……無線の不具合やノイズはこれの仕業か」
ノヴァが振り返る。
「つまり、通信を遮断していたのは……」
「防衛隊側。地下の奴らに助けを呼ばせないため...」
ダースが補足した。
そのとき、ダースがさらにタブレット内の別のファイルを開いた。
画面には、短い日誌とともに名前が記されていた。
――通信兵ユイ・タチバナ。
『地下に、まだ仲間がいる。ヴァシレフ司令官はおかしい。
……だけど命令は絶対。
私は、通信妨害を維持しながら、もう一度、確かめに行く。
パテルさんはここを任せるって言ってくれたけど...
みんな、ごめん。私は、私の信じることをする』
「“何か”が地下にいる。ヴァシレフ司令官も……おそらくそれに関わっている。
でも、彼女たちは詳細までは掴めていなかったのかもしれない」
ノヴァの言葉に、マラリは黙って頷いた。
マラリはタチバナの手記を閉じると、静かに隊員たちを見渡した。
「引き続き周囲を探索しましょう。もしかすると、生存者を見つけられるかもしれません」
その時だった。
物資保管庫の奥、積まれたコンテナの影から、かすかな物音が響いた。
全員が即座に構える。
カワチが身を乗り出し、鋭く声を発した。
「そこにいるのは分かってる、出てこい!」
数秒の沈黙ののち、影の中からゆっくりと人影が現れた。
赤毛を乱した女性。ぼろぼろの研究服に、かすれた識別タグが貼り付けられている。
マラリが一歩前に出て、手を挙げて隊員たちを制した。
「敵ではないようですね」
女性は、乾いた声で名乗った。
「主任研究員のケイト・オコナーです。専門は地質学と生物学」
カワチは目を細めた。
「……どうして、生物学の先生がケレス7に? ここはただの資源コロニーのはずだが」
オコナー博士は静かに頷いた。
「私たちも、最初はここがただの採掘拠点だと聞かされていたわ。でも実際は違ったの。私は調査チームとして呼ばれたのよ。地下の古い設備の調査と……未知の生物活動の監視。それが任務だった」
言葉を失った隊員たちの間に、重苦しい沈黙が落ちた。
――この星の“本当の姿”が、ようやく顔を覗かせ始めていた。
CERES07-AAR-03β オコナーの告白
https://kakuyomu.jp/works/16818792438538808363/episodes/16818792438803828909
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