CERES07-AAR-02α 犠牲者

ゲートの先に広がる通路は、重たい湿気と金属の匂いに包まれていた。

床には複数の靴跡が残り、壁の配線には最近いじられた痕跡がある。明らかに放棄された施設とは違う。ここは、つい最近まで誰かが使っていた。


ダースの端末が、淡い光で点滅を繰り返す。

「信号の発信源、地下第2ブロック……推定で300メートル先」

彼が端末を睨みながら低く呟いた。


「けっこう距離あるな」

「施設の構造が入り組んでる。直線じゃ行けない」

カワチの言葉に、ノヴァが短く頷いた。


マラリは一度だけ隊員たちを見渡し、前進の合図を出す。

部隊はフォーメーションを整え、通路の奥へと足を進めていった。


地下通路は静まり返っていた。

天井には照明パネルが等間隔で並び、いくつかは点滅を繰り返している。床はわずかに濡れており、踏むたびにぬめった音が返ってきた。


壁際には案内パネルや警告標識が整然と並び、「第2観測棟→」「データ保管庫→」などの区画名が白い文字で記されている。


通路は何度も折れ曲がり、上下に微妙な勾配を描いていた。

隊は慎重に角を曲がり、視界外の死角を一つずつ潰していく。

沈黙の中、わずかに聞こえるのは隊員たちの息遣いと装備の軋みだけだった。


「どうも臭いな……」ロドリゲスがぼそりと呟いた。

「なにか腐ってるような……いや、燃えた配線の臭いか」

「どっちにしても、近くで何かが起きたってことだ」カワチが言い、再び警戒を強める。


やがて、一行はやや開けたT字路に出た。

右手にはシャッターが半分閉じかけた搬入口、左手には通信設備のような端末が数台並ぶ小部屋が見えた。


「信号はこの先、保管庫の方向にまだ続いてる。あと150メートルほど」

ダースの言葉に、マラリは短く頷くと、左手の小部屋に注意を向けた。


カワチが手で軽く合図を送ると、ロドリゲスとナカムラは小部屋に向かった。

間もなくして、「異常なし」の報告が返る。


マラリたちは続いて小部屋に入り、ダースが端末の操作パネルを叩いてログの復旧を試みる。

やがて表示されたのは、日付のない短い文だった。


『……退避勧告。生物的異常反応……再封鎖……』

その末尾でログは唐突に途切れていた。


「データが壊れてるな。ほかの端末にも痕跡はない」

「封鎖って……地下で何かあったってことか?」ロドリゲスが壁を見やりながら呟く。


マラリは無言のまま、長い通路の先を睨んだ。

まだ確認されていない保管庫エリア。信号の発信源は、そのさらに奥から発せられている。


「……先へ進みましょう」

一言だけ残し、マラリは歩き出した。


小部屋を離れてしばらくすると、通路の照明が一部落ち、影が濃くなる。

前方に崩落したような天井部分があり、通路は左右に分かれていた。


「右、狭いが通れる。左は塞がってる」ロドリゲスが確認を済ませる。


「ロドリゲス、トレス、前方を偵察してください」

2人は迷わず右側の細い通路に足を踏み入れた。


1分ほどの緊張した待機ののち、「クリア!」というロドリゲスの声が聞こえる。

マラリたちが続こうとしたその瞬間、背後の照明が1つ、音を立てて弾けた。


「——ッ!?」

カワチが咄嗟に振り返る。火花が散る中、通路の奥に一瞬だけ黒い影が横切った。


「何かいる!」

ノヴァが即座に照準を定め、後衛の数人も慌てて態勢を取る。


その瞬間——

最後尾のキムが、悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「キムッ!!」

エッサーマンが反射的に駆け寄ろうとする。

すぐ背後で、Y.Gが無言のまま前へ出た。

マシンガンを肩に構え、冷えた眼差しが暗がりを射抜く。


だが次の刹那——


ズ……チャリ……ッ。


湿った肉が引き裂かれるような、ねっとりとした音。

骨が軋み、皮膚が破れるような破壊音が、通路に染み渡った。


空気が凍りつく。

時間が止まったかのように、誰もが息を呑み、足を止めた。


ノヴァとカワチだけが、即座に視線を暗闇へ向ける。

その視界に——

キムの身体を背後から抱え込む、異形の影が浮かび上がった。


黒光りする皮膚。異様に長い手足。

節くれだった腕の先に生えた刃のような爪が、キムの腹部を深々と貫いていた。


「離れろッ!!」

ノヴァが叫び、トリガーに指をかける——


が、間に合わなかった。


異形の腕が、獲物ごと横薙ぎに振り抜かれる。


ズバッ。


鈍い音と共に、キムの胴体が裂け飛ぶ。


内臓が撒き散らされ、血飛沫が壁を赤く染めた。

倒れたキムの肉体は、もはや原形をとどめていない。


「っ……あ……」

エッサーマンの足が止まる。伸ばしかけた手が宙を彷徨い、声にならない声が喉に引っかかった。


Y.Gのマシンガンが火を噴いた。

閃光と轟音が、通路の闇を切り裂く。


だが、銃口が捉えた時には、影はすでにキムの遺体ごと壁際に身を翻していた。

跳弾がパネルを弾き、火花が散る。


「後衛、下がれ!前に出すな!」

カワチの声が飛ぶ。


ノヴァが横に滑るように動き、Y.Gの横から射線を確保する。

一瞬、暗がりの中で、異形の輪郭が浮かんだ。

人間の1.5倍はあろうかという巨躯、曲がった関節、そして背中からのびた骨のような突起――


「っ、気をつけろ! 一体だけじゃない!」

ダースが背後の端末を睨みながら叫んだ。


その直後、通路の奥、別方向からも金属音が響く。

何かが這うような、引きずるような音。


「囲まれるぞ、位置を変えろ!」

ノヴァが手を振り、隊員たちを再配置させる。

マラリはやや狼狽えながらも、声を張った。


「ウィリアムズ、パテル、右側……! 壁際を……頼む、っ! ガルシア、ウエンナーは左をカバー!射線を……保ってください!」


再びY.Gが引き金を引く。

銃声の合間に、壁を走る影が閃き、パテルの背後をかすめた。


「ぐっ……!」

パテルが肩を押さえて倒れ込む。


「下がれ、パテル!」

ウィリアムズが腕を引き、射線を確保しながら援護する。


「クソッ、化け物め!」

ロドリゲスのライフルも火を吹くが、命中を確信できる手応えがない。


そのとき――


「来るぞ、前方から!」

ノヴァの叫びと同時に、通路の正面から二体目の寄生体が姿を現した。


先ほどと同じ、異様に膨れた体躯。

だが、こちらは左腕の一部が裂け、内部から管のような器官がのたうつように動いている。


「気を抜くな! 一発で仕留めろッ!!」


カワチが叫び、全員に射撃命令を下した――


CERES07-AAR-03α 手榴弾

https://kakuyomu.jp/works/16818792438538808363/episodes/16818792438699270869

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