玄関の白い影

@yorozuya3

玄関の白い影

 木目の美しい引き戸に、磨き上げられたすりガラスがはめ込まれている。

 昼間はやわらかな光を通すそのガラスも、今は月明かりをわずかに拾い、白く霞んで見えた。

 三和土(たたき)には色とりどりの小石が丁寧に埋め込まれ、まだ艶を失っていない。

 玄関からまっすぐ伸びる廊下の柱や鴨居は滑らかに光を反射し、昭和の家らしい整った和の造りが、闇の中にくっきりと浮かんでいた。


 ある夜。

 眠りの底から引きずり上げられるように、5歳の私はそこに立っていた。

 横には伯父や叔父たちと思われる人たちがいるが、誰なのかわからない。

 わかるのは「父方の血縁者」だということだけ。

 誰も声を出さない。

 皆、息を潜め、同じ一点を見つめている。


 玄関のすりガラスが、夜の闇の中でぼんやりと白く濁っていた。


 引き戸の向こうに、人影があった。

 玄関のすりガラスが、夜の闇の中で白く濁っていた。

 白く、輪郭の溶けた影。

 顔は見えず、腕も足も曖昧だけれど白い着物を着ているのがわかる。

 人影は、ただそこに立っているだけ。

 けれど、それは間違いなくこちらを向いていた。


 すりガラスが、境界線のように感じられた。

 白い影はそれを越えられないと信じたい。

 ――もし越えてきたら?


 喉がひりつく。

 心臓が痛いほど鳴る。

 視線を外そうとしても、影が私を捕らえて離さない。


 ――そこで目が覚めた。


 夢だったのだ。

 けれどそれは、一度きりでは終わらなかった。

 同じ光景、同じ影、同じ恐怖を、私は15歳になるまで繰り返し見続けた。


 ある日、親戚が昔話をしてくれた。

「お前のばあちゃんには弟がいてな。戦争に行ってたんだ」


 祖母は眠っているとき、夢の中で玄関を激しく叩く音を聞いた。

 ――電報です!

 弟の戦死を告げる声だった。

 祖母は悲しみに沈み、その瞬間に目を覚ました。


 すると、現実でも玄関が叩かれていた。

 夢と同じ音。

 開けると、そこには本物の電報配達人が立っていたという。


 背筋が冷えた。

 私が見続けていた夢は、あの出来事と関係があるのだろうか。

 白い影は、あの日からずっと玄関に立ち続けていたのか。


 思えば、私の身内には不思議が多かった。

 誰かが亡くなると、カラスが屋根に群がる。

 車を運転すると、なぜか知らない道に迷い込む。

 偶然とは思えないことが、いくつもあった。


 ――もう、あの夢を見ることはない。

 15歳の時、両親が離婚した。

 私は母方に引き取られたため、父方の血縁から外れたとされたのかもしれない。


 それでも時々、引き戸の玄関を思い出すたび、すりガラスの向こうに白い影が立っている気がする。

 まるで、私が再びその戸を開けるのを、ずっと待っているかのように。

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