深夜に来る客が一般人じゃない。

置屋このみ

ミソママート



私がコンビニでアルバイトを始めたのは、高校1年の夏のことだ。


JKになって初めての夏休み。

ある程度高校生活にも慣れてきて初めての夏休みに浮かれる──という事もなく、有限に有り余る時間をアルバイトという社会経験に活かそうと思い、夏休み前に面接へと向かった。


人手不足もあったのだろう、面接の当日には採用という趣旨の話を受け、とんとん拍子にアルバイトが決まったのも、今はもう懐かしい。


あれから三年。

現在大学生になったわたしは、実家が比較的都心部寄りだったので家を出る事なく、このコンビニでアルバイトを続けている。


「じゃあお先に失礼するわね〜お疲れ様〜」

「お疲れっしたー」

「はい、お疲れ様でしたー」


時刻は21時55分。

わたしと交代であがる宮本さんと久米くんに挨拶を交わし、わたしはレジに入った。


大学生になりアルバイトで変わった事といえば、時給が30円上がった事と、こうして夜勤勤務が解禁された事である。

高校生の頃は未成年だった為、深夜時間を任される事はなかったが、大学生になり店長から相談を受け、講義が午後からの金曜日に限り夜勤に入る事となった。


従業員はわたしを含めて12人。そのうち大半が高校生アルバイターであるこの店には壊滅的に夜勤労働者が不足していた。


先ほどまでいたベテランパートさん筆頭の宮本さんに、同じくベテランで高校生から密かに老中と呼ばれる江頭さん。

それと最近入った大学生の岸本くん、店長とわたし。

夜勤はこの5人で、主に店長が日々時間をやり繰りしてシフトを回している。


人件費と人手不足により夜勤時間は基本的に1人で業務をこなすのだが、これが結構キツかったりする。


店舗自体は国道沿いに位置しておらず、深夜となるとあまり人の出入りは激しくはないのだが、何分やる事が多く、忙しなく動き回ってシフト終わりには動く屍になっている──なんていう事も珍しくない。


まあ、大学終わりに少しの仮眠を摂ってからの深夜勤務なので体力的にも屍になるのは必然ではあるのだが、今は買いたい参考書や引用書がたくさんある為、一踏ん張りである。



時刻は22時42分。

先ほどまでいた客の対応を終え、駐車場に車がいない事を確認したわたしは、業務用タブレットを持って店内に繰り出した。


(お、この売り出し中POPの商品結構売れてるじゃん)


性分的にも、店に客が来ず暇だからサボる、という様なことをする気になれず、店内を見て回り、在庫が無い商品の発注作業や賞味期限が切れていないかの確認作業を行いながら、ズレた商品を直したり、品出しをしたりと規定通りの仕事をこなす。


一通り見終わった頃には時刻はさらに更けており、コンビニの前にある住宅の明かりも既に消えている。

その間にもまちまちと来店した客を捌いていきながら、頭の中では今後の業務工程を考える。


(次は──深夜になる前に店舗周りの掃除終わらせちゃうか)


裏に戻って掃除用具から箒とちりとりを取り出し、コンビニの外へと向かう。


(あっつぅう………)


自動ドアから一歩外に出ると気温の下がらない熱帯夜の夜風に晒されて眉間に自然とシワが寄る。


8月も後半だとというのに、下がる気配のない気温に悪態を吐く日々はもう暫く続くのだろう、夏の全てを焼き尽くす様な暑さが苦手なわたしにはだいぶ堪える事案ではあるが、わたしを含めた傲慢な人間により悪化する地球温暖化問題なので苦渋を飲む事しか出来ないのであった。


まだ数分しか出ていないのに涼しい店内へ早く戻りたいと思うほどの蒸し暑さに、寧ろ若干の苛立ちを覚えながらわたしは掃き掃除と灰皿に溜まった灰の処理を続ける。

くしゃくしゃにされて捨てられたレシートや、一生を終えた蝉の亡骸をセミファイナルに警戒しながらちりとりへと収めていく。


掃除が終わったら、今度は店内にあるゴミ箱の中身を回収する仕事だ。


コンビニのゴミ箱には、店内で購入した飲食物や文具の購入で出たゴミ、レシートなどの紙くずを基本的には捨てるのだが、たまに家庭ゴミの持ち込みをする人や路上飲みのゴミを廃棄しに来る人がいる。

だがそれは、法律上で不法投棄や、営業妨害に該当する事もある為、是非止めてほしい。


昼間から蓄積されたゴミの数は計り知れず、はみ出ているほどのゴミを力尽くで圧縮し口をキツく縛っていく。

紙くず・わり箸のゴミ箱が二つ。

プラスチックのゴミ箱に、カンにビン、ペットボトルと、その分別の数は年々増えており、全てのゴミ箱をきれいにするのも一苦労である。


全てのゴミを出し終え、新しいゴミ袋をセットしてゴミ箱の扉を閉める。



時刻は24時18分。

外掃除も終わり、客の出入りも疎になった頃。

今度は、レジ機械やホットスナックなどを揚げるフライヤー、コーヒーマシンの清掃とメンテナンスの時間が到来する。


フライヤー回りが汚れていたらアルコール消毒を使って拭き磨いたり、コーヒーマシンの豆が少なくなっていたら補充したり、レジ精算機の動作確認を行なったりなど、備品の状態管理をこなしていく。


(あ、そういえばバックヤードの蛍光灯が切れかけてたから取り替えとかないといけないんだった)


よく店長が窓拭き用に使っている脚立と新しい蛍光灯を片手にバックヤードへ向かい蛍光灯の交換を試みる。

一度電気を消してから、別室の明かりを頼りに一段一段慎重に脚立を上がっていく。


うちの蛍光灯は切り込み式なので古い蛍光灯を90度回転させて溝に沿って外して一度脚立をおり、テーブルに置いておいた蛍光灯の箱を開けて中から新品を取り出す。


切り込み口を確認してまた脚立を更に慎重に登り、先ほどと逆の手順で填める。

ちゃんと填まった事を確認してから脚立を降り、電気を何回か点けたり消したりしてちゃんと点くか確認をした。


(よしっ、これで大丈夫。)



現在時刻は午前1時46分。

裏に入って水分休憩を摂っていた時、入店を知らせる音楽が店内に響いた。


「いらっしゃいませ〜」


やって来たのは、高級そうな黒色のスーツに身を包んだお兄…おじ…お兄さんだった。

髪を少し乱してネクタイを緩く締めており、少しの煙草と嗅ぎ慣れない香水の匂いを漂わせている。

そんなお兄さんだが、実は当店の常連さんだったりする。


わたしが夜勤を始めてからというものの、毎週金曜日の午前1時から2時の間に来店して来ては、夜ご飯なのか朝ごはんなのか分からない弁当を二つ、ブラックコーヒーとカフェオレを一つずつ買い。毎回決まって───、


「104番のセブンメテオと127番のラッキーファボール下さい」


この二つも買っていく。


「お二つずつでよろしかったですか?」

「はい。あ、あと袋もお願いします」

「割り箸はお付け致しますか〜?」

「お願いします」


ピッ、ピッ、と缶コーヒーの飲み物をスキャンしていき、次に弁当をスキャンする。


「お弁当温めますか?」

「はい」


缶コーヒーをまず袋に詰めたら、チンと鳴った弁当をレンジから取り出して袋に入れ、今度はもう一つの弁当をレンジに入れてスタートボタンを押す。


「お支払い方法はカードで宜しかったでしょうか?」

「はい」

「こちらからクレジットカードお願いします」


ただ、このお客さん。

常連さんでとても気の良いお客さんなのだが、不審な点が3点だけある。


一つ目は高級そうな黒色のスーツを着こなしている割に来店時間が決まって深夜である事だ。

一件サラリーマンにも見えるその風貌で、深夜に黒塗りの高級車でふらっと来ては、毎回弁当と飲み物と煙草を決まった数だけ買って帰っていく。

飲み物もブラックコーヒーが基本だがカフェオレや、たまにいちごオレなんかも買っていく。

ちなみに弁当はジュワッと唐揚げ弁当か激辛麻婆豆腐弁当、フルーツサンドのうちのどれかが多い。


二つ目はこの今まさに挿入機に入っている真っ黒なカードである。

高級そうな皮財布から取り出される件のカードを初めて見た時はそれはもう、これでもかというほど凝視してしまったが、今となっては慣れたもので盗み見する程度だ。


カードをお取り下さいと機械音が鳴りお兄さんがそれを抜き取り、高級そうな財布に仕舞っていると、丁度弁当も温め終わり、しっかり蓋を閉めてから袋に詰める。


「こちらレシートとお客様控えになります」


ペットボトル一本50円引きのクーポンが付いたレシートをクレジット控えと共にお兄さんに渡し、それらを財布に仕舞ったのを確認してから商品を手渡す。


最後の三つ目だが、目の前のお兄さんの懐にある膨らみの存在である。

刑事系のアニメやドラマといった創られた世界でよく見る殺傷武器。

それが入っていると思われるその膨らみを、最初はただハンカチや車の鍵が入っているのだと思っていた。

だが、その疑惑はお兄さんのジャケットがズレた時に垣間見えたガン・ホルスターによって確信に変わってしまったのだが、わたしはそれを無かった事にし、見なかった事にもしたのだった。

触らぬ神にナントやらだ…。


いつも通り、退店時のテンプレートを言おうとしたが、今日はわたしよりも先にお兄さんが口を開いた。

あの、と声をかけられたわたしは一度外した視線をお兄さんに戻してどうかされましたか?と、返事をする。


「いつもありがとう。お仕事頑張って草壁さん」


強面ながらも優しく微笑んでいるお兄さんのその笑みは、疲れた今の身体には刺激が強すぎて、わたしの口はマニュアルにある「ありがとうございました、またお越し下さいませ」を発する事なくパクパクと虚を吐き出していた。


「え、あれ?てか名前……」


自身の胸元に着いている名札の存在に遅れて気づき触れたものの、わたしの視線は自然とお兄さんの後ろ姿を追っている。


「あ……ありがとうございましたぁ〜」


か細くなってしまった退店の挨拶がお兄さんに届いたかは分からないが、黒塗りの高級外国車に乗り込んだお兄さんを、わたしは誰もいない店内で見送った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜に来る客が一般人じゃない。 置屋このみ @cha_genma1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ