第2話 終わらない戦争
「お名前、分かりますか?」
「源……あおい……です」
「何が起きたか、覚えていますか?」
その言葉に、あおいは口を開くことすらできなかった。何故自分が病院にいるのか、その記憶だけが、跡形もなく消え失せていたのだ。
それから数日が過ぎた。
あおいが横たわっていたベッドがあるのは、一般病棟から
個室は金がかかる。そんな話を、どこかで聞いたことがあった。
しかし、あおいの記憶にある両親は裕福とは程遠い、ごく普通の家庭だったはずだ。こんな部屋に自分が入れられている理由も、費用を誰が負担しているのかも分からない。
考えれば考えるほど、不安だけが積もっていった。入院費はいくらになるのだろう、いつになったら退院できるのだろう。そんな取るに足らない思考ばかりが、あおいの頭の中を支配していった。
『……接続完了。あーあ、聞いてはいたけど、人間を器にするのは面倒だなあ』
あおいの頭の中へ直接流れ込んでくるような、異質な声だった。
その瞬間、あおいの頭に広がっていたモノクロの思考は途切れ、世界が色づいたように広がった気がした。退屈だった入院生活を彩ってくれるような、そんな気がしていた。
ここは個室だ。他の患者と顔を合わせることはない。看護師や医師も、つい先ほど部屋を出て行ったばかりだ。つまり、この声の主は、退屈凌ぎくらいにはなる存在であろう。
「……誰か、いるっ!」
あおいの声が、静まり返った病室の中でかすかに空気を揺らした。あおいは頭の内に語り掛けてくるそれに向けて、興味本位で話しかけていた。
『誰かとは何だ。俺は神だぞ。たった今、お前の身体は私の器になったんだ。喜べ。ということでお前には、ある神を殺すための手足となってほしい』
神と名乗ったそれは、淡々と、しかしどこか人間を
病院であるから勝手に幽霊やらお化けを想像していたが、斜め上の解答が返ってきたせいか、反応に困っていた。
神。そんなものが実在するはずがない。ありえないと否定したくて、彼女は病室を見回す。
『俺の存在を否定しようとしても無駄だ。俺の魂は既にお前の身体と融合している。この声も、お前にしか聞こえない。それと、幽霊やお化けといった作り物と一緒にするな』
「神って……今どき、幼稚園生でもそんなこと言わないよ」
『だが、俺の存在は見えていないだろう』
「それは……そうだけど」
再度、周囲に人影がないか確かめてみる。だが、やはり病室にはあおいひとりだけだった。
「じゃあ……神なら、なんかやって見せてよ」
あおいは、神と名乗ったソレを挑発するように言った。
『お前自身がそれを証明している。お前はある事故に巻き込まれて死んだはずだった。だが、俺が入ったおかげで、お前はこうして傷一つなく生きている』
「事故……? 何を、言っているの?」
『入院しているのなら、普通は家族が来るはずだ。だが来ていない。理由は医者や警察に聞けばわかるだろう。お前は、
あおいの身体にはどこも異常がない。それは今までの検査で証明されている。木端微塵になった場所から傷一つ無く生還することは人間の
神の言うことは、ひどく
必要以上の検査。理由のない入院延長。家族が一度も姿を見せないという異常。幼い彼女でも、この状況が単なる入院でないことだけは痛いほど感じ取っていたということもあるだろう。
「それで……さっき言ってた、神を殺すとかって、どういう……?」
あおいがそれを神であると認めたことを理解したのか、神は愉快そうに言った。
『ようやく信じてくれたか。言葉の通りだ。俺はある神を殺すために、器を探していた。そしてたまたまお前に入っただけだ』
あおいは、自分が神の言う器として選ばれたらしいことだけを理解した。しかし、もっと肝心な説明がすっぽり抜け落ちている。
器とは何か。どうして自分なのか。神の説明によれば、あおいはたまたま、つまり無作為に選ばれた一人というわけである。
「……器?」
『死んだ人間のことだ。器に俺の魂が完全に馴染むまで、少し時間がかかったな……四回くらいか?』
四回。その数字が何を指しているのか、あおいにはまるで見当がつかなかった。神の間で使われている単位だろうか? 思考を巡らせていると、あおいの考えていることが理解できるのか、神は言った。
『ああ、言い忘れていたな。普通の人間は記憶を保持できないんだった。地球は今ループしているんだ。四回って言うのは、俺が器に馴染むまでループした回数だ。馴染むまではいわゆる半分人間状態だから記憶を保持できないのも理解できる』
「ル、ループ……!?」
あおいは思わず大きな声を出していた。
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