第3話 神の身体と理で

 神と名乗る存在。それは、あくまで人間に理解しやすいよう便宜的につけられた呼称にすぎない。実際には、人間とは比べようもないほど上位の存在であり、人間の言語で最も近い概念が神である、というだけの話だ。


 その神が今はあおいの中に入り込んでいるなど、あおいに実感が湧くわけがない。しかし、その声は確かにあおいの頭の中に直接流れていた。


 あおいの身体を器として入り込んだその存在は、ある神を殺すためにループしている地球へ降り立ったという経緯を淡々と語り始めた。


『まず、地球は二〇五八年に人間が起こした戦争によって、生き物はほとんど死滅した。地も海も空も荒れ果て、惑星として維持できないレベルに落ち込んだ。そして地球は滅亡したのだ』


 あおいは息を呑むしかなかった。そんな現実が平和である今から八年後に起こるはずがない、しかし、この存在は紛れもなく人間を超越した存在で、が話しているのだから、嘘だとも考えにくかった。


『俺らはそれを食い止めるために、まず地球を銀河系の時間軸から切り離した。そして、ある周期で同じ時間を繰り返すループ状態にある。ここら辺は俺もよくわかっていないのだが』

「二〇五八年……って、八年後じゃん!」


 あおいの声は裏返った。ループしている話の時もそうだが、急に地球が八年後滅亡する、そんな突拍子もない話を真剣に受け止められる者がいるだろうか。


 確かに世界規模で見れば、いまだ内紛や戦争をしている地域もある。しかし、地球全土を巻き込む戦争など、あおいには歴史の中の出来事にしか思えなかった。それが、たった八年後に起こり、そしてその結果、地球は滅亡するというのだから。


『地球を創生した俺らとしては、地球の滅亡は避けたい。そしてその滅亡の原因となった人間を神々の力で一気に絶滅させる、という案が出た』


 あおいは、ただ呆然とその言葉を受け止めるしかなかった。自分の知らないところで、人類史の命運が揺らぎ続けていたのだから。


 神はそこで一度言葉を止めた。


 何をどこまで伝えれば、まだ小学六年生になったばかりのあおいでも理解できるのか、そんな計算をしているようだった。


 あおいだけでない、そもそも人間の頭で、このような情報を話しても理解できるものなのだろうかと、先ほどから雑な言動を繰り返していた神でさえ、そこに気づいたのだろう。


『まず地球を創生した神は、俺を含めて五体いる。そして、それを補助する下っ端の神が何十人かいる。俺ら神の願いというのは、その神全員の承認が必要なんだ。言い換えれば全会一致が必要要件で、一つでも反対があれば、願いは叶えられない』


 神は、人間社会の仕組みに置き換えて説明を続けた。地球を創生した五体の神は、いわば各国の総理大臣や大統領の座にある存在で、下っ端の神は国会議員のようなものだという。


 世界の命運を、ひとりの独断で決められないのと同じように、地球を創生した神々であっても、世界に関わる願いを実現するには地球に関わる全ての神の承認が必要になるのだと。


『昔は多数決だったんだがな。まあ……種の絶滅をやりすぎた結果、天界から規制がかかったんだよ。そして全会一致に改められた』

「恐竜とか……?」


 恐る恐る口にすると、神はまるでどうでもいいと言わんばかりに言った。


『どうだったかな。絶滅した種のことなんて、いちいち覚えていない』


 その声音には、命への重みなど微塵みじんも感じられなかった。幼いながらも、あおいの胸には言葉にならないいきどおりが静かに広がった。


 地球を創ったという異質な存在が、この世界のあらゆる命の手綱たづなを握っている。そして今は人類の絶滅を考えているのだ。


 あおいは小さく拳を握った。彼女が震えたのは、恐怖からか、それとも怒りからか、自分でも分からなかった。

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