第20話 暗闇
気が付くと、上も下もわからぬほどの暗黒が迫っていた。
おりんは無事か!?
咄嗟のことに、鬼の悪意が駆け抜けて行くのを止められなかった。
悔しさより無力感に身悶えする。
いや、こんなところでぐだぐだと後悔している時間は無い。おりんの元へ向かわねば。
強く、強く願った。
おりんを助けたい!
シャランと、澄んだ鈴の音が鳴り響いた。
続けて、りんりん、りんりんと何者かが胸元から飛び出した。思わず身構えるも、目の前に現れ出た存在に微かな希望が宿る。
おりんがくれた根付!
烏天狗の根付を、りんはかっこいいと言ってくれた。
俺が天狗だと知ったら驚くだろうな。いや、きっと喜ぶに違いない。
どうしても手放せなくて、婚礼の衣装にも忍ばせていた。
その根付がとんとんと跳ねて、案内するように進みだした。慌てて後を追う。
主の元へ導いてくれるのだな。
かたじけない!
一刻も早く、おりんの元へ。
逸る気持ちをぶつけるように駆けながら、先程の出来事を思い返していた。
まさか朱姫の中に鬼が隠れ住んでいたとは思いもしなかった。あの様子では朱姫は既に亡くなっているだろうと気の毒に思う。
簡単に里の結界が破られたことも、由々しき事態だ。
狙いは恐らく……俺とこの世の全て。
だが、何故おりんが狙われ続けているのだろうか?
里へ乗り込んできたなら、今更おりんを
何故!?
契りの盃が認めなかった婚姻。
そこに重大な
契りの盃が婚姻を退けてくれた時、銀星の本音は深い安堵だった。
もう一度おりんに……会える。
その時、ピシッと頬を痛みが走った。
前を跳ぶ根付にひびが入り、流れてきた欠片が凶器と化す。
強烈な鬼の邪気の中で、ぎりぎり持ち堪えていることに気付いた。
頼む。もう少し保ってくれ。
暗闇に一筋の光が見えてきた。烏天狗の根付が振り返る。後は任せたとばかりにパリパリパリンと音たてて砕け散った。
必死で手を伸ばすも、銀星の掌で粉となった。
力を使い果たしてしまったんだな。
おりんの危機を知らせ導いてくれた根付。
恐らく、銀星の身も守ってくれていた。
俺の無事をおりんが願ってくれたからな。
ありがとう……
彼女からの贈り物が一つ、役目を果たして消えてしまった。
淋しくても悲しくても、弔う時間は無い。
勢いそのままに光の穴を通り抜けようとして阻まれた。
ぶわんと揺れる視界の向こう側には―――
おりん!?
鬼の目が、爪先が、執拗にりんを追い回しているのが見えた。
おりんが危ない。
何度も何度も体当たりして、火攻め水攻めを繰り出すも、鬼の結界からは出られない。
くそっ。
このままではおりんが
何か、何か手は無いのかっ。
その時、雷傅の言葉を思い出した。
『記憶は気脈に繋がり、鬼脈に通ずる』
今のおりんに、俺の記憶が残っているかはわからない。でも、物にも記憶が宿り、想いが残る。
ならば……
紅島瑪瑙の玉簪を思い浮かべた。
頼む。おりんを助けてくれ!
全身全霊の祈りが、かちりと繋がったような気がした。川上から川下へ流れるように、力が伝っていく。
銀星は懐から
ひらひらと波を描き、時に鋭く線を引く扇。美麗で力強い舞を披露し続けた。
びゅうと風が沸き起こり、おりんの周りを包み回り出すのが見えた。
よし、上手くいったようだ!
一先ず、鬼とりんの間に割って入ることができた。
後はどうやって鬼を退けるかだが……
ぼろぼろと涙を流すりんの恐怖を思い、胸が苦しくなる。早く助けなければと焦燥感が募った。
その時、おりんの表情が大きく揺れた。
暴風の真ん中で、遠くの何かを必死で見つめている。
その目が驚きに見開かれ、混乱が怒りに変わった時――
りんはぎりりと歯を食いしばった。
「父さんの敵討ち」
呻くようにそう呟くと、頭から紅縞瑪瑙の玉簪を引き抜いて鬼の目に走り寄った。
「よくも父さんを!」
怯むことなく、巨大な目玉へ突き立てた。
ギャアアアーーー!!!
おりん!
銀星は即座に、全身に力を込めた。
玉簪の先から電撃が迸ほとばしり、あっという間に目玉を焼き尽くした。
間に合ったか!?
一瞬、鬼の結界が緩んだ。
崩折れるりんに駆け寄ろうとして跳ね返される。
くそっ、なんて強力なんだ。
力不足で見守ることしかできない自分が、歯がゆくて仕方なかった。
おりんが無事で良かったが……
父親のことを思い出したりんが、どれほどの衝撃を受け悲しみに暮れているかと思うと、居ても立ってもいられない気持ちになる。
泣きじゃくるりんを抱き締めたくて、身体が熱くなった。
届いてくれ。
少しでも、おりんを癒やしてやって欲しい……
紅島瑪瑙の玉簪に想いを託した。
刹那―――
再び目の前が暗闇で閉ざされた。
先ほどとは比べ物にならないくらいの猛烈な悪寒が込み上げてくる。
ズズズズッと奈落の底へ引き摺り込まれそうになって必死に抗った。
見えない暗闇へ手をかけ空を足で踏み締める。
ビュゥオオオオーーー
まともに目を開けていられないほどの風圧の中。
額の目を押さえた極みの鬼が姿を現した。
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