第12話 玉座の間に集う影

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 石畳から冷気が立ち上り、靴底越しに骨の髄まで染み込む。琥珀色の蝋燭が吐く光は、天井に届かぬまま長い影を揺らし、その暗がりで古の装飾鎧が微かに金属音を立てていた。

 その厳かな沈黙を破り、デミウルゴスが現れる。その足取りは重く、眼光は冷徹な計算を映す刃のようだった。続いて、アウラは軽く跳ねるような足音で、シャルティアは優雅な足取りで、セバスは静かに、そして最後にパンドラズ・アクターが妙に芝居がかった動作で一礼した。彼らの前には、玉座に深く腰掛けるアインズ・ウール・ゴウンの姿があった。

 彼らは、それぞれの任務の成果をアインズ様に報告するために、この場に集められたのだ。


 デミウルゴスが、完璧な礼儀作法をもって口火を切る。

 「――カッツェ平原での情報戦、完了しました。人間どもの心理データ、ここに提出いたします」

 その口元には、知略の成功を喜ぶわずかな笑みが浮かんでいた。

 《……順調だ。奴の知略は盤上の駒として最上級だ》

 アウラが報告を終えると、琥珀色の蝋燭が揺れ、壁の影がわずかに長く伸びた。


 アウラは、身を乗り出すようにして誇らしげに報告する。

 「――竜王との密約、完了しました! 種族間の平和という名目で、ナザリックの戦略に組み込むことに成功いたしました!」

 その瞳は、主の役に立てた喜びでキラキラと輝いていた。

 《…あの笑顔の奥に潜む忠誠、見誤る者は即ち死だ》

 その場に静寂が満ちる。玉座の間を満たすのは、蝋燭の揺れる音だけ。


 次にセバスが、一拍置いてから、低く重い声で告げる。

 「――商会の買収、完了しました。王都の経済を掌握し、今後の覇道への布石は整いました」

 その姿からは、一切の妥協を許さぬ静かな威圧感が漂っていた。

 《…セバスの忠誠心と実直さは、常に私の計画に安定をもたらす。頼もしい限りだ》


 シャルティアが、愉悦に満ちた表情で報告する。その顔は、まるで獲物を前にしたかのように恍惚としていた。

 「――人間都市での種まき、完了しましたわ。教団の信者は増え、街は完全に我々の支配下にございます」

 《…その嗜虐心は時に暴走するが、敵にとっては悪夢そのものだ》

 パンドラズ・アクターの報告を前に、玉座の間の空気が一段と張り詰める。


 最後に、パンドラズ・アクターが、妙に芝居がかった動作でアインズそっくりの姿が一礼する。玉座から、骨の眼窩が無言でその滑稽さを見下ろした。

 「――模擬戦のデータ収集、完了いたしました。NPCたちの戦闘能力、連携、そして忠誠心、全て記録いたしました」

 彼はそう言って、アインズに頭を垂れる。


 すべての報告を聞き終えたアインズは、ゆっくりと玉座から立ち上がる。その動きだけで、玉座の間の空気が一瞬で凍りついた。魔力を秘めたローブが擦れる音、骨が軋む音が、厳かに響く。


 「ご苦労であった、皆。君たちの成果、全て見事であった」


 その言葉に、五人の忠実なしもべたちは、心からの喜びを感じる。彼らは、アインズ様への忠誠心と、自分たちの成果が認められたという誇りで、胸がいっぱいだった。


 「しかし――」


 低く落とされた声に、空気が一段と張り詰めた。


 「これは、あくまで序章に過ぎない」


 アインズは、冷徹な声で続ける。

 「我々の目的は、この世界の支配。そして、そのための準備は、すべて整った」

 アインズの言葉に、デミウルゴスは深く頷く。

 「お言葉のとおりでございます。これらの裏工作は、すべて、アインズ様の御思慮の賜物」

 「うむ。これらの出来事は、すべて必要な準備だった。今はただ、世界が未だその足音を知らぬだけだ」

 アインズは、そう締めくくると、五人の忠実なしもべたちに、静かに命じる。

 「さあ、皆。これより、我々の真の戦いが始まる。この世界の覇道を、歩み始めるのだ」

 その言葉に、玉座の間に集まった影たちは、一斉にアインズに跪く。

 「「「我らが王に、永遠の栄光を!」」」

 彼らの声は、玉座の間全体に何度も反響し、地下大墳墓全体が心臓の鼓動のように震えた。その声が石壁を伝い、地下大墳墓の奥底に眠る魔力が目を覚ますかのように波打った。その反響は、地上の誰も知らぬ嵐の予兆だった。

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オーバーロードSS ー覇道の序章 ナザリックの影たちー 五平 @FiveFlat

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