第15話 二次創作原作  宮園沙耶 前編 


あれは小学生の頃。

 放課後のグラウンドで、サッカーボールを蹴り返す佐伯くんの姿を、私はフェンス越しに見ていた。

 泥だらけになっても笑っているその顔が、なぜだか眩しくて

──それが私の初恋だった。


 同じ班になったときは、わざと彼の得意な図工の課題を相談した。

 真剣な横顔に見惚れながら、「私、この人の隣にいたい」と子供ながらに思った。


 でも、家の事情で転校し、会わない時間が長くなった。

 それでも、彼にふさわしい自分になりたいと努力を続けた。

 歌やダンスを習い、姿勢を正し、笑顔を練習した。

 その結果、高校に上がる頃には芸能事務所から声がかかり、私はアイドルとしてデビューすることになった。



 そして高校で再び彼と再会した。

 私は地方の仕事の合間に、やっと通えるようになった学園で彼を見つけた。

 背は伸び、女子からの人気は凄まじく、休み時間の廊下はいつも人だかり。

 やっぱり、魅力的だった。


 遠い存在になってしまったようで少し寂しかったが、それでも諦めなかった。

 撮影終わりや授業の合間に会話を重ね、距離を縮めようとした。


 ──卒業式の前日。

 勇気を振り絞って、彼に伝えた。

 「好きです。付き合ってください」

 少しの沈黙のあと、返ってきたのは静かな拒絶だった。

 「ごめん、好きな人がいる。キミの気持ちには応えられない」


 その夜は、布団の中で声を殺して泣いた。

 でも、私は笑って送り出すしかなかった。




 卒業後も私はアイドルを続けた。

 スポットライトの下、笑顔を浮かべ、ファンの歓声を浴びる日々。


 ──だが、輝きの裏側には影があった。


 人気順位の発表で順位が上がるたび、陰口が増えた。

衣装が隠されたり、

立ち位置を勝手に入れ替えられたり、

マイク音量を下げられることもあった。

 「沙耶は調子に乗ってる」と陰で囁かれ、距離を置かれる。


そして、ある頃から特定のファンが私を執拗に追いかけるようになった。


握手会後の駅のホームで待たれたり、楽屋口で帰り道を塞がれたりする。


マンションのポストには差出人不明の写真や手紙が詰め込まれ、

ドアノブにはリボンが巻きつけられていた。


スタッフに訴えても「人気の証拠だよ」と軽く笑われるだけ。


グループの子たちはそんな私からさらに距離を取り、

楽屋の空気は冷たくなった。

グループチャットは私抜きで作られ、

急なスケジュール変更も私だけ知らされない。


家に帰っても、カーテン越しに視線を感じる夜が続いた。


外に出るのが怖くなり、眠れないまま朝を迎える日が増えた。


光り輝くはずの世界は、いつしか私を削る檻に変わっていた。




 限界は、ある日ふいにやってきた。

イベント帰り、

マンションに帰った私は家でテレビを観ていた。

私の出演する番組がちょうど帰った時にやっていたからだ。


すると、、

私の部屋のドアから変な音が聞こえた。

誰かがこじ開けようとする音だ。


私は、テレビ消してドアのレンズを見る。


ドアをこじ開けようとする男の正体は

ファンの男性だった。


一度、私たちのグループのファンとして

テレビにも出演したことのある人だった。


男の顔は

笑っているのに目だけが冷たい。

体が凍りつき、声も出なかった。


その夜、心細さに耐えきれず、スマホを握りしめた。


──最後にすがったのは、佐伯くんだった。


 「……助けてほしい」


 しかし、返ってきたのは乾いた声だった。


「僕だって大変なんだ」


それだけ告げられ、通話は切れた。


耳に残る無機質な通話終了音とともに、何かが胸の奥で音を立てて折れた。

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