築50年の2DKのアパートから中田さんの家に引っ越したのは1ヶ月後のことだった。

約10年前に中古で購入し、リフォームしたというその家の大きさにまず驚いた。前の家の3倍は軽くありそうだ……。


「2階には舞果の部屋と書庫があって、残る1つを直幸くんに使ってもらおうと思うんだ」


案内された部屋はエアコン付きで8畳ほどの広さがあった。埃が1つも落ちていないんじゃないのかというくらい綺麗に掃除されている。


「左にある部屋が舞果の部屋で、もうすぐ部活から戻ってくると思う。荷物が届くまで時間があるし、出前を取ろうか。直幸くんは何が食べたい?」

「僕はなんでも。おすすめのものはありますか?」

「じゃあ、蕎麦はどうかな? 近所に美味い店があるんだ」

「蕎麦好きです」


「注文してくるから、ゆっくり休んでいてね」と言って階段を降りていった。

それを見送り、1人になった部屋で小さく息を吐く。

中田さんはいい人そうだけど、まだ打ち解けるには時間が掛かるだろう。


ベッドもラグも何もないフローリングの床に大の字に寝転ぶ。ひんやりとした肌触りが緊張をほぐしてくれる。

当たり前だけど初めて見る天井で、これに慣れていくのかと考える。母と住んでいたアパートのような木目は見当たらない。


高校はそのまま通い続けるし、僕の苗字はそのままにすることにした。住む場所と家族が増えた以外は変化がないという訳だ。

……その2つが不安な訳だけど。


昨日は遅くまで部屋の片付けをしていたので、うとうとと睡魔に襲われる。出前が届けば起こしてくれるだろうから、ほんの少しだけ眠ってしまおうか。



*   *   *


体を揺さぶられる感覚で目が覚める。眠くてまぶたが重い。見慣れない天井と壁がうっすらと見えた。


「ナオくん」


ナオくん……、そう呼ぶのは1人しかいない。

条件反射で飛び起きたら、すぐ近くに舞果が座っていた。初めて会った日と同じ制服を身に着けている。


「……」

「ナオくんったら寝ぼけてるね?」


スマホで時刻を確認したら15分ほど眠っていたようだ。まさか舞果にこうして起こされるとは思っていなかった。


「ねえねえ、ナオくん」


にっこりと笑顔を向けられて困惑してしまい、「なに?」とぶっきらぼうな返事をしてしまう。失敗したと頭によぎる。

しかし、舞果は特に気にならなかったようで話を続けた。


「大事なこと忘れてない?」

「大事なこと?」

「もう! ほら、考えて!」

「……」


全く覚えがない。

こうして会うのは中田さんと初めて会ったあの食事会以来だし、約束を交わすほど会話もしていなかった。大事なこと……?


黙り込んだ僕を見て、答えを導き出すことが出来ないと悟ったようで舞果は唇を尖らせた。


「可愛い義妹いもうとが帰ってきたんだから、おかえりって言うのがお兄ちゃんじゃないの?」

「……おかえり」


そんなことかと拍子抜けしてしまう。大袈裟に言い過ぎだ。


「これからはちゃんと“おかえり”って言ってね。私もナオくんに言うから」

「……分かった」


挨拶を嫌がる理由はないので頷いておく。

母とはすれ違いの多い生活だったので、挨拶を重要視したことがなかった。でも、これからは誰かが家にいることも当たり前になるという訳だ。早く慣れるようにしたい。


「ねえ、冷たい床の上で眠っていたら風邪をひくよ。私の部屋においでよ」


なんでもないことのように誘ってきた舞果に僕は驚いてしまう。


「それはやめておく」

「どうして?」

「舞果の部屋には絶対に入らない」


はっきりと拒絶を示す。

これは引っ越しまでの1カ月の期間考えて決めていたことの1つだった。


「中田さんの気持ちを考えたら、男である僕が娘の部屋に入るなんていい気分じゃないだろう?」

「そんなこと考えているの? もし気にしていたら、こんな風に隣の部屋になんてしないと思うけど」

「僕は中田さんや母さんに誤解されて、心配させることは避けたいと思っている。出来れば君にも僕の部屋には入って欲しくない」


風邪の心配をして起こしてくれたことは感謝するけど、と付け加えておく。善意は否定したくない。


「ナオくんっていろいろ考えているんだね」

「一つ屋根の下に住むってことは、相手に配慮するってことだと思うから」

「それは大事なことだと思うけど、でも」


大真面目に話しているのに、舞果は仏頂面になった。面白くないと言いたげだ。


「家族なのにナオくんは壁を作ろうとしてるの?」
















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きっと僕らの青い鳥は迷子になっている。 音央とお @if0202

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