一度認めたことをごねる訳にもいかないし、母の今後の人生を考えれば止める理由というものがない。ただ、妹になるという子が僕を受け入れられるかは別物だと思う。男である僕よりも女の子は不安なことが多いだろう。


そんなことを一晩考え、向かったのはカジュアルなレストランだった。

普段あまり着ることないジャケットを羽織り、母に軽くヘアセットをされた僕はそれなりにきちんとした姿になった。

これは馬子にも衣装というやつだなと鏡を見て思ってしまった。


「車が混んでいて少し遅れるみたい」


母がスマホを見つめ「ゆっくり待ちましょう」と微笑む。わくわくと胸を躍らせているのは明白で、新しい家族と引き合わせるのが楽しみで仕方がないらしい。


予約済みの個室に先に案内され、そこにある大きな窓から見える庭を眺めた。

季節の花が咲き誇り、圧巻の風景だった。


「凄いでしょう、中田さんと初めて会ったのはこのレストランなの。この風景はずっと忘れないと思うわ」

「惚気だね」

「もう、からかわないの! 直幸のお父さんと初めて会った日のこともずっと忘れないと思う。学校の廊下で目が合ってね……些細なことだとしても、最初を覚えていれば特別なものになるんだから不思議ね」


母の中で父への想いは消えることがないそうで、それも理解した上で中田さんという人はプロポーズしてくれたらしい。

これまで仕事と僕を優先して、その他のことはからっきしだった母の心を動かすくらいの人なので、会う前から凄い人であることは分かった。


「……緊張してきた」


僕の話はよく聞いてもらってるらしいけど、母は親バカなところがあるのでがっかりされやしないかと不安にもなる。

第一印象は肝心なので失敗もしたくない。


「直幸なら大丈夫よ」


母さん、根拠もなく断言しないで……。

どこから自信が出てくるのか不思議で仕方がない。


廊下のほうから話し声が聞こえてくる。中田さん達が到着したようだ。背筋を伸ばす。

最初に入ってきたのは優しそうな雰囲気のおじさんで、僕たちを見て深々と頭を下げた。


「瑞希さん、直幸くん、遅くなってしまってすみません」

「いえいえ。渋滞なら仕方ありませんよ。大変でしたね」


母が僕の背中にそっと手を当てる。挨拶を促しているのだろう。


「はじめまして、直幸です。いつもお土産ありがとうございます。どれも美味しかったです」

「わあ、写真で見るよりも格好良いね。中田行人なかたゆきとです、よろしくね」


並んでみると身長は同じくらいだった。

50歳と聞いているけど、それよりも若く見える。聞き取りやすい落ち着いた声をしていた。


「あと、娘がいるんだけどなかなか来ないな。車の中に忘れ物をしたらしくて取りに戻ったんだけど……。あ、戻ってきたみたいだ」


コツコツという軽快なヒールの音が近付いて来る。

黒いレースのワンピースを身に着けた女の子を目にして、思わず「あっ」という声が漏れた。

ゆるく巻かれた髪がハーフアップにされているけれど、印象的な大きな切れ長の目で同一人物であると分かる。

間違いなく昨日、栞を拾ってくれた子だった。


「舞果と知り合いだった?」

「あ、いえ……」


あの些細な出来事をわざわざ口にする必要はないだろう。僕を覚えているとも思えないし。


マイカというのか。高めのヒールを履いているので正確な身長差は分からないけれど、160cmくらいはありそうだ。

ワンピースの色で肌の白さがより際立っていた。


「中田舞果です、よろしくお兄さま」

「お、おにい……さま?」


想像もしていなかった呼び方にぎょっとする。


「同じ歳みたいだし、お兄さまというのもちょっと……」と伝えれば、口角を上げて楽しそうに笑われた。


「じゃあ、ナオくんね」

「ナオくん……」

「誰かに呼ばれたことはある?」

「ないけど」

「やった! “ナオくん”は妹の特権ね」


顔立ちや佇まいは大人っぽいのに、意外と無邪気な性格らしい。お互いに緊張して気まずいよりはいいんだけど……。


「こうして縁あって出会ったのだから、義兄妹として仲良くしましょう」


白い手が差し出されたので握手を交わす。

普段は女子とこんなことしたことがないので、ぎこちなくなってしまう。男の手とは違って柔らかくて小さい。


「2人とも仲良くやれそうね」

「心配はしてなかったけど良かったよ」


母も中田さんも嬉しそう。

この4人で同居を始めるというけど、一体どうなることやらと不安なのはどうやら僕だけらしい。









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