第15話 本当の勝利

 急な夜会にもかかわらず、この日を待ち構えていたとばかりに、勝利の宴には多くの貴族が集まっていた。


 貴族たちのもっぱらの話題はやはりヤーヴェだった。


 美しい容姿、剛胆な体躯、そして族長の首を取ったという圧倒的な功績。


 (身分の差を気にしていたけれど、手の届かない所へ行こうとしているのは……あなたの方だわ)


 私の姿に気づいたヤーヴェは、すぐにでも駆け寄りたそうにした――けれど、令嬢たちの熱い視線と言葉に囲まれ、身動きが取れないようだった。


 「皆様、ご静粛に! 帝国の太陽であらせられる皇帝陛下のご入場です」


 侍従長が声高らかに告げると、貴族たちが誰彼となく二手に分かれ、私も頭を下げ陛下が通り過ぎるのを待った。


 玉座に座った陛下は、戦場に立った者たちに(招待されている殆どは騎士でありながら貴族の身分を持つ者だけだったが)、前に出るように命じた。


 族長の首を取ったヤーヴェは、特別に宴へ招待されていた。


 「勇敢なる者たちよ、よくぞ勝利を持ち帰った。汝らの功績は、その名と共に永く語り継がれよう。今宵は、存分に勝利の美酒に酔いしれ、楽しむが良い」


 陛下が盃を高く掲げると皆それに続き、乾杯の掛け声で飲み干した。


 「さて、最も功績のある者に特別な褒美を授けよう。ヤーヴェよ、そなたは姓を持たない平民の出だと聞いておるが……サントラムの名と共に男爵位を授ける」


 名を呼ばれたヤーヴェは、陛下の前で手を胸にやり片膝をついて頭を下げた。


 「ハッ! ありがたき幸せにございます」


 「サントラム男爵よ、剣の腕だけではなく容姿までも持ち合わせているとは。これからは、年頃の令嬢たちが放っておくまいよ。心するが良いぞ」


 陛下の予言のような冗談に、私は皇太子妃殿下の顔を見た。


 皇太子妃殿下は私の視線に気づき、隣に立つ皇太子殿下の表情をチラッと一瞥すると、ひとつ小さな溜息をもらし、おもむろに口を開いた。


 「陛下、これまで長きに渡り繰り返されてきた野蛮族の侵略を、族長の首を取って終結させた功績は、到底、爵位ひとつで収まるものではございません」


 「ほう、して、皇太子妃殿下は、サントラム男爵に爵位以上の褒美を与えるべきだと申すのか?」


 「さようでございます。陛下、サントラム男爵の願いを一つだけ叶えるのはどうでしょうか? 陛下の広い御心が、この戦で傷ついた兵士や家族、戦費捻出のための重税に苦しんだ国民への労いの象徴となりましょう」


 「なるほど……象徴か」


 (もう重税は廃止になるでしょうけど、これまでの不満や不信はすぐには消えないわ。きっと陛下は、私が側妃になるのとヤーヴェの願いを叶えるのと、どちらが民心を掴めるか天秤にかけているのね)


 「良かろう。皇太子妃殿下の言う通り、サントラム男爵の功績は大変大きい。サントラム男爵よ、そなたの願いを言ってみよ。皇帝の名に懸けて、必ず叶えてやろう」


 私が胸を撫で下ろしたが、ヤーヴェはまるで時が止まったように動けずにいた。


 「サントラム男爵、謙遜も美徳ですが、絶好の機会を逃すのは賢いやり方ではありませんわ」


 皇太子妃殿下の言葉に、目を覚ました獣のようにヤーヴェはパッと立ち上がり、澄んだ灰青色の瞳を大きく見開いた。


 (ヤーヴェ……どうか、お願い)


 「恐れながら、陛下、どうかミレイユ侯爵令嬢を私の妻とする栄誉をお許しください」


 「なんと! 仕えている主を妻にしたいと申すのか? ハッハッハッ、これは愉快だ……さすが、族長の首を取っただけあって肝が据わっておるな」


 陛下は顎の下に手を遣り、射抜くような視線で私を見た。


 私の企みを見透かされたような気がして、避けるように目を伏せた。


 すると、私を守るように目の前にヤーヴェが立ち、陛下の視線を遮った。


 「ヤーヴェ!」


 思わず私はヤーヴェのマントを握ってしまった。


 「なるほど……。この熱いロマンスは疲弊した民衆を楽しませてくれそうだな」


 陛下は急に声を潜め、なにやら皇太子妃殿下の耳元で囁いている。


 「皇太子妃殿下もそう思うだろう?」


 (わが息子は少し残念そうだがな)


 「ええ、私も側妃に迎えるより有意義かと――あっ」


 「やはりな。企んだのはミレイユ嬢かな? 皇太子妃殿下」


 「申し訳ございません。令嬢とはちょっとした賭けを致しまして……ですが、これは夫を想う妻の可愛い嫉妬がそうさせたと、寛大な御心でお許し下さいませ」


 「まったく、女とは恐ろしいものよ。男にはその顔をまったく見せないのだからな。まぁ、もう良い。英雄となった男を敵に回しても良いことなど何も無いのだ。わが息子の手綱はそなたがしっかり守れ」


 陛下は立ち上がると私たちの元に近づき、私とヤーヴェの手を取った。


 「サントラム男爵の願いを許そう。われがバリバール侯爵令嬢とサントラム男爵の仲人となることを約束する」


 私たちの周りを取り囲んでいた貴族の間から、大きな拍手と歓声が沸き起こった。


 ヤーヴェの肩越しに、寄添うお父様とお母様の姿が見える。


 私と視線が合うと、二人とも優しく微笑み祝福の拍手を送ってくれた。


 「お嬢様、いえ、ミレイユ嬢、このヤーヴェ・サントラムは生涯を懸けて愛しお守りすると誓います。どうか、私の心を受け取って下さいますか?」


 ヤーヴェは緊張からか小刻みに震えている。


 いつの間にか、私よりずっと背が高くなったヤーヴェの顔を見上げ、溢れるような笑顔を向けた。


 「もちろんよ、ヤーヴェ。愛しているわ……命まで賭けたあなたを愛さずにいられると思う?」


 「お嬢様……ミレイユ、私も心から愛しています」


 もう私にはそれ以上の言葉は必要なかった。


 ◇


 こうして私たちは、皇帝から公然と結婚が認められ、世間からも身分の差を乗り越え結ばれたロマンスとして、大いにもてはやされることとなった。


 「ヤーヴェ、今日はやっと私たちの婚約式ね。あなたのプロポーズを受けてから3カ月も経ったなんて。まだ、思い出すと昨日の事のようなのに」


 「私は今日が待ち遠しかったですよ。それに……このすべてが夢で、いつか醒めてしまうのではないかと不安でした」


 少し目を伏せて憂いのある表情を浮かべたヤーヴェの頬を、私はギュウッとつねった。


 「あ、いたたた……痛いですよ、ミレイユ」


 この3カ月の間に私は17歳になり成人を迎えた。


 ヤーヴェも爵位を得たばかりで、これから貴族や当主の教育も受けなければならないし、二人で話し合って私たちの結婚は一年後に挙げることを決めたのだった。


 「夢だなんて、ヤーヴェがまだそんな事を言うからですわ」


 「ごめんなさい。でも、ミレイユがいつもこうして夢じゃないと証明してくれるので、私は幸せですよ」


 いつ見てもヤーヴェの笑顔は私の胸を弾ませる。


 伸ばされたヤーヴェの手が優しく私の頬に添えられた。


 「そのカフス、毎日付けているの?」


 あの美しいサファリンのカフスが、ヤーヴェの袖口を飾っている。


 「もちろんです! このカフスは私とミレイユを繋ぐ思い出の品ですから」


 「そうね、良い思い出ばかりじゃないけれど、それが私たちの愛の証のように感じるわ」


 美しいだけでは語れない私たちの愛――でも、求めあって互いを諦めなかった勲章のように感じたのだ。


 「ミレイユ、愛しています」


 そう言うと、柔らかなヤーヴェの唇が私の唇を覆った。


 このまま時が止まればいいのに、そう思わせるキスの後、私も真っ直ぐにヤーヴェを見つめた。


 「ヤーヴェ、私も愛しているわ」


 穏やかな木漏れ日が降りそそぐバリバール侯爵家の庭で――私たちは誰も居ないことを確かめると、再び熱いキスを交わしたのだった。


 Fin

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《完結》恋を知らない令嬢は、護衛騎士に恋をする〜平民のあなたに恋してはいけないのですか?〜 栗皮ゆくり @imomaru

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