第47話 爆裂! 花壇消失事件

 翌朝、まだ空気がひんやりとしている時間帯に、ライオル兄さんは鎧姿で玄関を出た。


「行ってらっしゃい」


「あぁ」


 短い挨拶を交わすと、兄さんは騎士団の拠点へと向かっていった。次に会えるのがいつになるかは分からない。俺の長期休暇中に帰ってこないかもしれない。それでも、次に会ったときは、今より強くなった自分を見せたい。胸の奥でそう誓った。


 そのためにも、今日は朝からガイルと一緒に親父との修行だ。二人がかりでも今だ有効打を与えていないのだせめて長期休暇があけるまでには一撃入れたい。


「アレン! 防御と回避が甘いぞ! もっと相手の動きを見ろ!」


 親父の鋭い叱責が飛ぶ。昨日、兄さんに通用した(というか一瞬だけ相打ちになった)戦法など、親父の前では自殺行為に等しい。親父の重たい一撃など食らえば木剣といえども悶絶ものだろう。それが分かっていても、兄さんに通じてしまったからつい頼ってしまう自分がいる。本当の闘いの時もこの癖が出ないあように直しておかないとな。そんなことを頭の片隅に置いて剣を振るう。


 何度もガイルと連携して攻撃を仕掛ける。しかし親父はそれを全て軽やかに受け流す。木剣同士がぶつかるたび、腕が痺れる。親父は力だけでなく技術も一流だ。


「二人とも動きは良くなっている。その調子で攻め続けろ。攻撃は最大の防御だ。相手に反撃の暇を与えるな!」


 親父の言葉に背中を押され、腕の疲労を無視して剣を振るう。隙を見せれば親父の鋭い攻撃が飛んでくるだろう。


 ――そのとき、外から轟音が響いた。

 爆発、しかもかなり近い。全員の動きが止まり、互いに目を見交わす。次の瞬間、俺たちは道場から飛び出していた。


 庭の向こう、離れの壁が派手に吹き飛び、大穴が開いている。花壇のあった一角は黒焦げで、もはや土の色すら分からない。幸い、本邸への被害はないようだ。


「セレナ姉さん! ルビア! 無事か!」


 心配で声をかけると離れの中から現れたのは、冷や汗をかく姉さんと、顔面蒼白のルビアだった。


「……大丈夫よ」


 ルビアの声に安堵と同時に、疑問が浮かぶ。なぜ、あの離れがここまで派手に……。あそこには強力な魔法障壁が張られている。姉さんが全力を出してようやくヒビが入る程度と聞いていた。


「セレナ姉さん……何やったんだよ」


「私じゃないわ……ルビアよ」


「えっ、ルビアが?」


「す、すみません!」


 ルビアが勢いよく頭を下げた。その必死な様子に罪悪感がにじむ。


「気にするな。離れは直せばいい……ただ、花壇が……」


 親父が視線を黒焦げの地面に向ける。


「何かすごい音がしたけど、大丈夫?」


 そこへ、花壇の管理者ルナがエリーナとミーナを連れて駆け寄ってきた。そして現場を見た瞬間、膝から崩れ落ちる。


「わ、私の草花たちが……!」


 一筋の涙が頬を伝う。それを見たルビアは慌てて手を振った。


「ご、ごめんなさい! こんなことになるなんて思わなかったの!」


「ぐすん……」


「私にできることなら何でもするから!」


「じゃあ、花壇直すの手伝って」


「もちろん!」


 泣き止んだルナが片付けを始め、ルビアも必死に手伝う。俺たちも加わり、総出で修繕作業に取りかかった。途中、ルビアとエリーナが小競り合いを始めたが、親父がすぐに制して事なきを得た。やはり親父の一声は絶大だ。


 ◇ ◇ ◇


 作業が終わり、全員で庭の縁側に腰を下ろす。ルナとミーナが用意してくれたハーブティーが、疲れた体に染み渡る。


「で、姉さん。結局あの爆発は何だったんだ?」


「ルビアの心象武器――インフェリウスを使ったのよ」


 その名を聞き、納得するが疑問も浮かぶ。あれは持ち主さえも焼き尽くすほどの炎を放つ武器だったはずだ。だが、今のルビアには外傷も服の焦げもない。


「やっと使いこなせるようになったのね」


 エリーナが感心したように言うと、ルビアは胸を張った。


「これで自滅なんてしなくなったわ! 長期休暇明けにはいい成績を取ってやるんだから!」


「今度は自滅じゃなくて、仲間ごと焼き殺しそうですけどね」


「そ、そこはこれから訓練するのよ!」


「離れをあんなことにしておいて、ですか?」


「ぐぬぬぬ……!」


 口論寸前の空気を、セレナ姉さんが優雅な笑みで断ち切る。


「二人とも、そのくらいにして。せっかくのお茶が冷めてしまうわ」


 ようやく場が落ち着くと、姉さんがルビアに向き直った。


「明日からの修行だけど、近場のダンジョンでやりましょう。離れはもう使えないし、威力を考えれば他の場所も危ないわ」


「わかりました、セレナさん」


 姉さんはルナにも頭を下げる。


「ごめんなさいね、ルナ。私の見立てが甘かったせいで花壇を……」


「気にしないで、セレナ姉。直すのも手伝ってくれたし、もう怒ってないわ」


「ルナ様はお優しいですね」


「ミーナ、“様”はいらないよ」


 姉さん、ルナ、ミーナの笑い声がこぼれる。そんな中、ルビアとエリーナはまだ小声で睨み合っていたが、俺は見なかったことにしてハーブティーをもう一口すするのだった。

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勇者の末裔の落ちこぼれ家を追い出され探索者学校に無理やり入れられる 紫鳶 @toranzyon

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